更新です。
仕事も普段通りに戻り、休み気分があまり続かない日常に戻りました。
安否確認の電話をするたびに「さみしい」と口にする母。
パパも「お義母さん 限界ちゃう?」と言います。
本当に電話のたびに「何かさみしいねん」と言う母。
なので、いよいよ同居に本腰を入れて始動します。
まず、父との話を詰めてしなければ!
そして、手続きの段取りを取り…職場にも定期的な休みを取る了承を取らなければ…
何だか、することとお金がたくさんかかる。
でも、家族揃う最後の機会。
私も母の年齢になったらさみしいと常に思うのかな?と考えました。
さみしいという言葉は、どういう意味を持つのだろうと考えます。
思い出を忘れていくさみしさ、家族の事が分からなくなるさみしさ
何も分からなくなるさみしさ、自分の体が老いていくさみしさ
子育てが本当に終わったさみしさ、孫育てが終わったさみしさ
考えれば、老いていくとさみしさがたくさんありますね。
新しい楽しみもあると思いますが、さみしさの方が多いのかな?
確かに50歳を過ぎた私も何となく空虚な時があります。
あんなにドタバタだった双子姉妹の子育てが終わり、来年成人させるまでに来ました。
やはり、嬉しさとさみしさが入り混じっています。
老いるさみしさ…祖母も言ってたな~とふと思いました。
私もあるのかな?
忙しく過ごす中でふと、思う気持ち「さみしい」
その気持ちに寄り添い、少しでも「さみしくない」気持ちを感じてもらおう!と思います。
今月末から来月で話を詰めてきます!
そのいきさつは、また更新します。
お付き合いいただき、ありがとうございます。
