結局、何度イかされたのか。
気がつけば、雨はベランダの日陰に少しの名残を残すばかり。
日が当たるところはすっかり乾いていて、昨夜の湿度を忘れ去っていた。
「ってぇ…」
もともと柔軟性に乏しい身体だ。
あんな体勢で散々に揺らされたら、そりゃあ。
いつの間にか拘束は解かれていたものの、かと言って雅紀は興味を失う訳もなく、甘やかに、時に強く、激しく俺を抱いた。
「しょーちゃん、筋肉痛?」
「ったく、そーだよ、変なとこにずっとチカラ入ってたからな」
と、沸かし直した風呂に2人で浸かりながら。
密着した肌と、雅紀が無遠慮に
──おそらく無意識に指先で腹筋を辿り──
俺の腹を撫ぜる感触に、昨夜の情事を思い出しそうになる。
「悪くなかったでしょ?」
「どーだかな。」
正直、すげぇよくて。
もしかして俺って
「しょーちゃん、Mだからなぁ」
「…っ!?はぁあ!??」
「だって、オレが甘やかそうと思って優しくするのに、いっつもオレを煽って結局ひどい目にあわされてるのはしょーちゃんの自業自得なんだよ?」
「俺ひどい目にあわされてるんだ(笑)」
「そーだよ、もっともっともーっとあまっあまでとろっとろにして抱いてあげようと思っているのに、しょーちゃんがそれをさせないから、あーそっか、しょーちゃんMの人なんだーって」
マジか...。
自覚ゼロ。
俺は俺なりに雅紀が喜ぶと思ってのこと。
もちろん、俺が雅紀にしてほしいことでもあるわけで、煽っている自覚は全くなかった。
とはいえ、いつも雅紀は俺の想像を超えて、そして期待以上に、俺を満たしてくれるのは事実。
「オレはしょーちゃんを愛しているから、どんなことだってしてあげたいんだよ」
「どんなことでも、って限界はあるだろ」
「限界決めるのは自分じゃないんだよ?それに、しょーちゃんの『無理』と『ダメ』が『もっと』に聞こえるときがある」
「いよいよ怖ぇな」
「でも、あってるでしょ?」
「...回答は控える」
ふふ、と小さく笑った雅紀は、俺をきゅっと抱きしめてくれる。
「昨夜はね、しょーちゃんの声の全部が...」
「...全部が?」
「ふふふ!そろそろ出よう。朝ごはんたべよっか!」
機嫌よく笑って、俺の頬に優しくキスをして答えるのをごまかした。俺の背中から抜け出して、鼻唄を歌いながら風呂から出た雅紀は、バスタオルで身体を拭きながら、幸せそうに顔が緩んでいる。
その満足気な様子に、俺の想いが伝わっているのだと、俺自身が満足した。
「あいしてる」
「え?」
「雅紀、愛してるよ...って。そう聞こえたか?」
「しょーちゃん」
湯船から立ちあがればタオルを渡してくれた。
濡れた身体をざっと拭いて、腰にタオルを巻いて、雅紀も同じくで。風呂から漏れた湯気が鏡を曇らせて、2人のシルエットの重なりだけが窺える。
そののまま抱きあう。
肌がふれあえば、ひたっと、吸いつく。
いまは、雨の音はしない。
「雅紀」
「...うん、俺も、あいしてるよ、しょーちゃん」
風呂上がりですこし汗ばんでいる雅紀の肌を感じる。
抱き返してくれる熱さが嬉しい。
「気持ちが伝わってるって、こんなに嬉しいことなんだな」
「うん」
「伝えたい想いが溢れるほどあって、そんなふうに思える存在がいるって、幸せなことだ」
「しょーちゃん、今日はすこしおしゃべり?」
「…うるさいか?」
「ぜんぜん。しょーちゃんの声もことばも、しあわせ。」
「それをどれだけでも受け止めてくれる相手がいるって、すごいと思う。聞かせてよって言ってくれて、言わせてくれるって。互いに向き合っていると信じられるのは強い。ほかのだれがなんと言おうと、それはそれ。俺達は自分たちの想いを純粋に伝え合えればそれでいい。」
「...そうだね。オレ、言葉はうまくないけど、それでもオレができる伝え方で、かな」
唇を触れさせるだけのキスをくれた雅紀をみて、感じて、ふいに。
いつかこの熱を感じられなくなる日が来るのかもしれない、と。
俺達の、終わりの日が。
「いつか、何かの理由で、それが叶わなくなったとしても...こうして想いあった時間があったんだってことは、ココロとカラダに、ちゃんと残る」
「昨夜みたく、ちょっと遊んでみちゃったのも思い出?」
「...ちょっと、だったかよ」
「ん-、じゃあー...だいぶ?」
「ったく、もうやんねーぞ」
「ふふ、そういうことにしておこうか」
こうやって、一緒に過ごして、くだらないことで笑いあえる。
お互いの息遣いを感じて。
いま、ここにいる。
同じ地平で、同じ時代に。
この先の未来、どれだけ距離が離れても、ひとり涙をこらえる夜があったとしても、この胸にある熱い想いに、後悔はない。
お互いを愛した歴史が
いつか訪れる孤独な時間を
きっと強く支えてくれる。
だから、いまは。
こうして笑顔を見せてくれている時間を
泣いて過ごしたくないから。
せいいっぱいの、愛を。
おわり