「雅紀さん、今日、うち来ない?」


潤くんとキスをしたあの日から。
何度となく昼にも会い
店でも顔を合わせ
3人で出かけることもしばしば。

変わったことといえば
しょーちゃんとだけではなく
潤くんとも
会う度に頬や手にキスを贈り合うようになった。

けれど

唇へのキスは、潤くんとはあれ以来していない。


それでも、どちらともなく
見つめ合う時間は確実に増えた。

それは、確かな熱を持って。


しょーちゃんの前でも、それは隠しはしなかったし
しょーちゃんはむしろその様子を楽しげに…というよりも
なんだか幸せそうに見守ってくれている。


そうして、いま、潤くんはオレを誘ってる。

しょーちゃんの前で。



時間の問題だと思ってた。

それは、案外長くかかったかもしれない。

覚悟とかタイミングとか
理由をつければつけられるかもしれない。

でも、ただこれまでの距離感が心地よくて
急に近づく必要がなかっただけ。








帰りのタクシーは潤くんが少し散歩しようって言って
家から少し離れた大通りで降りた。

ゆっくりとふたりで歩く。

手を繋いで。


オレは潤くんの半歩後ろを歩いて
空いている手で柔らかそうな耳たぶをいたずらに摘む。


「……みみ」

「ふふ……うん、みみ」

「ほっぺ」

「うん、ほっぺ」

「あご」

「あご……って、もー、どうしたの?雅紀さん」



優しく笑う潤くんの前にまわって手をほどく。

両手で頬を包んで、親指で下まぶたをなぞってみる。


「……瞳」

「……うん」

「この瞳に出会った時
    オレがココに映る日が来るなんて夢にも思わなかった」

「うん」

「オレ、MJの瞳に、救われたんだよ」

「……」

「待ってるだけの与えられるだけのオレじゃなくて、意志を持って顔をあげて、前を見て生きたいって、思えたんだ」


潤くんがやさしく見つめてくれる。
瞳が潤んで、キラキラしてる。
あの時の辛い思いが報われた気がした。


「……たかが失恋したってだけなのに
    大袈裟かもしれないけどさ」


って、潤くんを解放して、ひとりで先に歩く。

そんなオレの背中に潤くんが話しかける。


「雅紀さん……ありがとうね」

「それは……オレのセリフじゃね?」

「そしたら、お互いに。僕からもありがとうだよ」

「オレ、何にありがとう言われてるの?」

「僕に、新しい生き方を教えてくれたから。尊敬してたしょおくんとも、すごくいい関係になれたし」

「新しい、生き方?」

「うん。束縛したいなんて言って、初めはおどろかせちゃったでしょ?」

「そうだよ、そんなこと言ってたなぁ。あの時はめっちゃビビった」

「愛し合うならとことんって想いは、ずっと変わらないんだよ。でも、束縛したいってなんでだろうって考えてみたら、僕にとっては、自分の不安を解消する以外の理由が見つからなかったんだ」

「しょーちゃんが言ってる見えてないトコ……『情報』に浮き沈みしても仕方ないって、腹括ったってこと?」

「っていうのもある。それにいまは……」

「いまは?」

「……あー、いや。うん、まだ言う時じゃない、かも」

「えーなんだろ、気になるじゃん」

って、本当はなんにも考えてないけど
考えるふりをしながら並んで歩く時間が心地いい。


そうして潤くんのマンションに到着して
エレベーターを待つ。

いつもなら相変わらず他愛もない話をするはずのこの時間。

なんとなく無言になるのは
もうこの後のことを2人ともわかってるから。



エレベーターの到着を告げる短いチャイムが鳴った。