カレは

芸術家だった。

オレがバイトをしてた海の家で左肩のアザを見て

「オメェ、いいもん持ってんなぁ」

って声をかけられた。

振り返ったら

「オイラのモデルやってくんね?」

って、ふにゃふにゃの笑顔のカレがそこにいた。




オレはとにかくあの人のことが大好きで大好きで。

なんの取り柄もないオレを
あんなに特別な才能を持つ人が
そばに置いてくれるなんて

そう思っていたから
カレの一切を受け入れていた。


自由に振舞ってくれることが
創作活動をするためにもいいコトだと思ってた。


それは実際そうで

モノでもヒトでも
おもしろいって思ったら
どんどんのめり込んでいって
全部自分の創作の糧にしていた。

それを支えていくのがしあわせだったし
ずっとそうやって暮らしていくんだって信じてた。


カレがオレを抱くときはいつもアトリエだった。
作品に囲まれてる場所で。
ベッドで抱き合った記憶はほとんど無い。

オレは床に手と膝をついて、アザを撫でられながら。



それはとてもしあわせだった。



床の冷たさとか硬さとか
膝や肘にできる青あざとか

そういう痛み全部が
オレにだけくれる
あの人からの愛情だとおもった。


自由なカレは1日や2日は帰らないことはザラにあったし
ここに帰ってくるんだから居心地を良くしてあげたいって
そればかり考えてた。


ある日、3ヶ月ぶりに帰ってきたカレに

「オイラ、もうここには帰ってこねぇから。」

って言われて、ワケがわからなかった。

わからないもんだから
引き止めたり泣いたり怒ったり
そういう修羅場みたいなことはなにもなくて
ただ笑って「じゃ次は1年後かな?」なんて
冗談だかなんだかよくわからないくだらないことを言って
サヨナラもいえずに見送った。


笑ってたらいい事あるって思ってたけど
笑ってるだけじゃダメだった。


そして結局あの人は



オレの絵を描くことはしなかった。