「・・・ここ、びょ・・・いん?」


身体を起こそうとして軋む身体に思わず声を上げてしまう。


「・・ぅわ・・・いッ・・・てぇ」


なんかやたら長いこと寝てた気がする。
なんだっけ、なんで俺、病院にいるんだっけ。


とりあえず、起き上がってみるか。
心電図もついてないし、包帯ぐるぐるされてる訳でもない。
重症じゃなさそうだ・・・けど、なんでこうなってんだっけ?


「んっしょ、と」


小さく掛け声をかけ、腹筋を使って起き上がれば、身体に痛みはないし、見たところ怪我でも無さそうだ。


「あー・・・なんだ・・・?なんだっけ・・・」


応える人もいない個室。ひとり呟きながら、掛け布団を剥がして、ゆっくりとベッドから足を下ろす。ベッドの下に備えてある赤いスリッパに両足を差し込み、しばらく座ったまま、目を閉じる。身体の違和感より、もっと、感じている引っかかり。頭の奥の方に、なにかある。

焦点が合いそうであわない、焦燥感。


「あーっ、くそ、なんだよっ」


見るともなく足元を見れば、スリッパに名前が書いてある。

『AIBA』



「あい、ば・・・あいば、あいば・・・」


もう少しで掴めそうな、なにかあり。とても大切なことだと感じるなにか。意識をそこへ集中させていると、廊下を歩く足音がふと、部屋の前で止まったことに気づいた。



誰だ?
扉へ視線を向ければ、その足音の人物は当たり前のように病室の引き戸を開けながら


「しょーちゃーん」

「あ・・・」


刹那の沈黙、の、のち。


「・・・っっぅうぅわぁぁあっ!!!しょっ、しょーちゃんっ!!

「ぅおおぉぉおおっ!!!なんだよ!!!」

「しょーちゃんっ!!!おきたの!!!!?」 

「起きたよ!ってか、雅紀うるせぇわ(笑)」



・・・え、まさき?
当たり前に彼の名を口にした自分に驚くと同時に、ぼやけていた頭の中のが一気に輪郭を取り戻す。

あいば・・・あいば・・・・相葉!?



「・・・あああっ!!!雅紀!!!」




それからが大変だった。

雅紀はとにかく泣いている。
そして泣きながらも、俺が検査を受ける間も『しょーちゃんから目を離さない!』と、とにかくそばを離れない、ついて回ってきた。



「お疲れ様でした。改めて検査して、身体的な問題は何も無かったので、安心してもらって大丈夫ですよ」

「よかった・・・お世話になりました」

「さて、では、最後の確認ですね」

「はい」

「今までのこと、覚えていますか?」

「はい。僕は雅紀を助けて身代わりに階段から落ちて頭を打ったせいで、記憶が混濁してました」


そう。
思い出したよ、ちゃんと。
駅の階段でぶつかられた弾みで階段から落ちそうになった雅紀。とっさに手を引いたは良かったが、体を入れ替えたまま結局俺が落っこちた、という・・・しっかり思い出して、やっぱりめちゃくちゃダセェ。

そのせいで一時的にでも記憶を失う羽目になるなんて。
雅紀をどれだけ心配させたか計り知れない。



「そのあいだ、あなたは何者だったんですか?」

「櫻井翔、18歳、受験生で、高三の夏休み前にやっちまったなぁ・・・と、いう状態でした」

「うん、いいですね、それだけ明確に『これまで』と『今』を分離して認識できていれば、記憶にも問題はないでしょう」

「はい、自分としても不思議ですが、それはそれでしっかり覚えてます」

「では、いまのあなたが何者か、教えてください」

「はい、相葉翔、31歳、私立高校の校長です」

「あなたの後ろにいる、あの方は、翔さんにとってどんな人ですか?」



「彼は相葉雅紀。雅紀は、僕の夫です」