石巻漁港へ行ったあと女川の方と帰りがけに南相馬の方へも行って来ました。
女川は漁港は再開しているものの、崩れた建物が残っていたり、石巻に比べ工事がなかなか進んでいないような印象でした。


女川原発PRセンターにも寄ってこの年にしてやっと原発の仕組みや、福島で問題になっている事を教えてもらいました。



豊かな山に囲まれ、リアス式の海沿いの道を走りながら木々の切れ間から見える女川の海はとても綺麗でした。



南相馬への道は3年が経ち、整備されていましたが、瓦礫の山があり、基礎が剥き出しになったいた住宅の跡地は海までただ一面の草原になっていました。


その所々に建てられたお墓を見るとやはり胸が締まる思いでした。
沿岸部では堤防の工事がされていて、元々低く湿った土地のこの場所はしっかりとした堤防が造られないと手が付けられないそうです。
原発の影響で浪江町の方はやはりそのまま手付かずで、
入られるようになって車が行き来してましたが打ち上げられた船や、崩されたガソリンスタンドなど荒廃した街並みがそのままでした。
色んな方からお話を伺え、今やっと前を向けてもっと盛り上げて行こう!って思えるようになって、街も少しずつ息を吹き返してきてはいましたが、
至る所に仮設住宅が残り、心の傷が無くなったわけではありません。
形として見えてない部分がたくさんあります。
上手く言葉に出来ませんが感じるものがたくさんありました。
何よりまだまだ復興の途中だと言うことを忘れちゃいけないと思い、また皆さん忘れられてしまうことを危惧していました。
追伸
真夜中の東北自動車道はバイクで走る場所じゃなかった。
女川は漁港は再開しているものの、崩れた建物が残っていたり、石巻に比べ工事がなかなか進んでいないような印象でした。


女川原発PRセンターにも寄ってこの年にしてやっと原発の仕組みや、福島で問題になっている事を教えてもらいました。



豊かな山に囲まれ、リアス式の海沿いの道を走りながら木々の切れ間から見える女川の海はとても綺麗でした。



南相馬への道は3年が経ち、整備されていましたが、瓦礫の山があり、基礎が剥き出しになったいた住宅の跡地は海までただ一面の草原になっていました。


その所々に建てられたお墓を見るとやはり胸が締まる思いでした。
沿岸部では堤防の工事がされていて、元々低く湿った土地のこの場所はしっかりとした堤防が造られないと手が付けられないそうです。
原発の影響で浪江町の方はやはりそのまま手付かずで、
入られるようになって車が行き来してましたが打ち上げられた船や、崩されたガソリンスタンドなど荒廃した街並みがそのままでした。
色んな方からお話を伺え、今やっと前を向けてもっと盛り上げて行こう!って思えるようになって、街も少しずつ息を吹き返してきてはいましたが、
至る所に仮設住宅が残り、心の傷が無くなったわけではありません。
形として見えてない部分がたくさんあります。
上手く言葉に出来ませんが感じるものがたくさんありました。
何よりまだまだ復興の途中だと言うことを忘れちゃいけないと思い、また皆さん忘れられてしまうことを危惧していました。
追伸
真夜中の東北自動車道はバイクで走る場所じゃなかった。