精神科医や薬を否定するつもりはないが。

きっと彼らに僕は治せないだろうと思う。

なぜなら、彼らは普通で、僕はおかしいからだ。

彼らが僕と同じ感覚を1度でも味わったことがあるのならまだ望みはあるだろうが。

そんなことはない。

観察することくらいなら僕にだって出来るんだ。

アサガオの観察は幼い頃、得意だった。

横文字の症状のレッテルを貼ることぐらいしか出来ない無能な連中の話は退屈だ。

彼らにとって僕たちに対しての処方は全て憶測なんだ。

ある人の日記にモルモットにされてる気がするって書いてあったけれど。

あながち間違いじゃないのかもしれないね

彼らが出来ることは薬を出すことで、薬で人間が治るわけないんだ。

発熱は病原菌を殺すためのものなんだ。

僕たちのこの病みもどこか壊れたところを治すためにやっていることかもしれないんだね

それを薬で殺すわけだから、良くなるわけなんてないよね。

それでもこの苦しみから抜けることが出来るのならと淡い期待を抱いてしまうことも確かなんだ。

いつ誰が病んでしまうのかなんてわからないよ?

だって僕も君も同じ人間なんだから。。。




恋人がいても友達がいても

埋まらない距離感みたいなものはいつもあった。

たくさん友達を作った方がいいとか

人がたくさんいる所に出たほうがいいとか言われるたび

論点が違うって思っていたんだ。

友達を作る努力が足りないとか、そんな表向きなことじゃなくて、これは中の話なんだ。

僕のそれは、人の中にいればいるほど浮き彫りになっていくもので

強い光をあてればあてるほど、闇は色濃くなっていくようなもので

人の輪の中にいるときほど、自分と他人との違いを感じずにはいられないから

僕にとって孤独や違いを感じる瞬間は、独りでいるときじゃなくて、人の輪の中にいるときなんだ。

生まれながらにして、そういった感覚が欠落しているのかもしれない。

一緒に微笑みあったり、楽しさを共有するということが難しいんだ。

作り笑いばかりがうまくなっていく度に、嫌悪感を抱く自分がいる。

ずっと自分を押し殺して生きてきた。上手い具合に楽しんでいるフリもした。

僕には人間がよくわからない。

当たり前や普通なんていう言葉、どんなに羨ましいと思ったかわからない。

心の底から楽しいとか、幸せを感じる瞬間なんて僕にはあるんだろうか。。

孤独は嫌いだけれど、孤独が強まる人の輪の中は怖い。

きっと生まれてくる場所を間違えたのかもしれない。







結局意味のない答えのないことを考えて悩んでしまうんだ。

なんで生きてるんだろう?

生きる意味があるんだろうか?

そんなことに答えなんてないこともわかっているし

意味のないことだってわかってる

でもこればっかりは心から湧き出るもので

考えないようになんて出来ない気がする・・

家族もトモダチもいないわけじゃないけれど

どうしても表向きな気がしてしまう。

人間が生活をする上で誰ともすれ違わないのが無理だからという理由くらいでしかない

どうしても内面を見せることが出来る人間は限られてしまうね・・

なんにしても

死にたいなんて考えている僕の内面を理解なんてされないだろう・・

空虚なんだ。

心の中が。。。