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no way back

ネガティブ多めの日記帳
一週間に一回は更新が目標

代わりがいないならそっちのが問題なわけで

例えば僕に妻と子供が居たとして、
事故だの病気だので死んだりなんかした時のことを考えると
代わりというか今すぐ居なくなっても大丈夫なようにするのは当然だと思う

もっと現実的な事で言うなら
仕事で一人が急に休んだりしても問題なくまわる様にするべきで

そういった事を考えるとやっぱり代わりがきくようにするのは当たり前
それを少しでも大事に思うのならの話だけど


そうやって代わりが出来れば僕は必要ないんだなあって
自分で代わりを作っておいて自分は必要ないってのもなんかアレだけど
やあ! きみたち!

こんなこと、かんがえることって
ないかい?

つらいつらい まいにち・・・
なにも いいことなんてない。

だったら・・・
ずっと ねむっていたい。

ねむっているあいだだけは・・・
しあわせに なれる!

・・・・・・
・・・・・・

でも・・・それは・・・
かぎりなく「死」に、ちかい。

そうか・・・おれは・・・
死にたいんだ・・・

そうか・・・おれは・・・
そうだ・・・おれは・・・

死・・・死・・・死・・・
ぶつぶつぶつ・・・



ものがない・・・
カネがない・・・

こころまで、まずしくなって
しまいそうだ・・・

「にんげんに とって、
 なによりも たいせつなもの」

「それは、こころの
 うつくしさで ある」

なんて、いうやつが いるが・・

カネが あって、
ゆとりが あってこそ!

たにんに やさしくできる!

なによりも、カネだ!
カネだ! カネだ! カネだ!



うちの人は、ふだんはおとなしい
しょうしんものだけど・・・

さけをのむと、たにんのわるくちを
いったり、あばれたり・・・

まわりの人は、こういうんだ。

「さけさえのまなければいい人」
だって。・・・でも・・・

ぎゃくにいえば、さけをのんで
わるい人になるんだから・・・

ちっとも、いい人じゃないと
いうことにならないかい?

にんげんの、ほんしょうなんて
わからないもんだよ・・・
元々必要な時だけ呼ばれたほうがいいと思ってたからね
用がなかったり、他に代わりがいたりとかなら呼んでほしくなかったしね

そんな薄い生き方してたらぼっちになるのも当然だ
ひとりのほうが気楽ではある

と思ったけどそもそも誰も僕の事を気に掛けていない事をすっかり忘れてた
ひとりかどうかは関係ないね

いてもいなくても気付かれないどころか、
すぐ隣にいて話していても気付かれない事すらあったのに

これから先長生きしたところで何も良い事なんて無いと思う
普段は友人として普通に接している連中相手でも、みんなで飯を食いに行く時とか
特に壁を感じる
俺が「そろそろ行こうぜ」って言っても、みんな「うんそうだねー」って感じで
全然動き出さないけど、他の誰かが「行くか」って言うと動き出す
俺がいなくても何事も無いかのように進むけど、他の誰かが欠けてると
そいつに連絡取ったり待ったりする
俺以外の奴が財布を取りに行ったり便所行ったりするとみんなそれを待つけど、
俺が靴ひも結んでたりしてても完全無視でみんな先に行く
どの食堂に行くかという話で俺の案は採用されない
食べ始めるのはみんなが席につくまで待つのが基本だけど、俺が最後のときは
みんな既に食べ始めている
食後、普通は食器を全員が片付けるのを待ってから食堂を出るのだが、
俺が最後のときはみんな先に帰り始めている
横に並んで歩いている時、俺の両隣りが徐々に迫ってきて遂には俺は後ろへ
追いやられて、みんなの後ろをトボトボ歩く羽目になる
誰かが購買に寄るとみんなついていくが、俺が行くときは誰もついてこない
これらの行為は作為的なものではなく、無意識なものだと思う
みんなが特に俺への接し方に差をつけてるのではなく、ただ俺の存在や影響力が
薄すぎるだけなのだろう
たぶん、俺だけこんな空気な扱いになってることにも気付いてない気がする
みんなのことは憎くないけど、自分の不甲斐無さが憎い
こういうことが続くと、一人が楽だなーって思う