朝から雨模様で薄暗かった空が
一気に青空と交代して
陽差しが眩しいのなんのって
そんな中を久々にテクテク歩いて図書館へ
見上げた青い空には
満開の桜が映えていました
私は先日
ある方のコメントで心が萎えてしまいました
娘は「悪性リンパ腫」という癌でした
主治医は当然のごとく
癌細胞に抗癌剤と放射線の治療をしました
正常な細胞が壊れてしまう事より
癌細胞を叩いて欲しい
赤ちゃんは産めなくなります
そう言われても
それより娘の命の方が100%なので
当然了解しました
娘には
七ヶ月を掛けて闘わせてしまいました
そんな娘の闘いを知らない人が
私のコメント欄に
「癌細胞に抗癌剤は正常な細胞を破壊する」
そんな言葉を残しました
(ごめんなさい 見たくなくて消去しました)
一気に時が24年も前に引き戻されて
萎えてしまったのです
人間とは弱いものですね
時の薬が効いて
治ったはずなのに
また蘇って
娘に詫びる毎日でした
そんな私の気持ちを
一番理解してくれている「同志」が
癌と言う名の病と闘っていた事を今朝知りました
空の上に行ってしまった娘さんに会いたい
けれど
娘を先立たせ
その上 妻をも先立たせる事は
御主人の人生は
あまりにも酷であると思い
しっかりと前向きに闘ったのです
頑張って闘ってくれました
そんな前向きさを
私は忘れていたのです
彼女が「大河の一滴」を読むと言うので
先程 図書館で借りて来ました
彼女がどんなふうにこの本に向き合うのか
彼女に添いたいと思ったからです
読み始めた1ページ目に
いきなり
「癌細胞は放射線や抗癌剤で叩かれ
いじめられて生き残ったものほど
強くなるというが
人間というやつも
そういう面があるのかもしれない」
「物事をすべてプラス思考に
さっと切り替えることのできる器用な人間ばかりではない」
「フーッと体から力が抜けていくような
なんとも言えない感覚をあじわう
それを心が萎えると言うのだ」
五木寛之さんは
今の私の気持ちに寄り添うように
言葉にして伝えてくれたのです
何だか
私が心折れた事も
それでもいいんだよと
そんな言葉を掛けてもらえた気がして
こんな気持ちから抜け出さなきゃと思っていた私に
彼女の前向きさと
誰でも萎える事が当たり前である事を
考え方一つである事を
「当然あるさそんな時も」と慰められ
そんな簡単な事を改めて知らしめられました
命日であるこの4月をどう乗り切るかは
私が決める事
娘を想い
落ち込む時だって
きっとある
これまであったように
でもそれでも私は私
誰のものでもないのだから
自由に落ち込んでやる!!
そしてまた
そんな自分を慰めて
エヘヘと笑う
私の気持ちは
私のもなんだから
自由にしていいのだから
心が萎える事
誰にだってあるのだからね
そしてまた
そのうち萎えるだろうけど
笑える時もあるのだし
ね
私
そして頑張ってくれた貴女もね
また一緒に笑おうね




