、、、続札幌①より

私達とほぼ同時に
タクシーで大学病院に到着していた
叔母と従兄弟。

叔母は鼻のチューブから酸素を入れていました。

息は苦しそうでしたが、
Hello! といつもの笑顔で迎えてくれました。

病人であれ、
短い時間でも家に帰ると片付けたり、
家の中が気になって無理しちゃうのが
主婦なんですよね〜
動き過ぎたようです。

少し状況が落ち着いた頃
叔父がテイクアウトで
買ってきてくれた
お寿司🍣を
病院の談話室でいただきました。
美味しかった〜😊

Tちゃん、叔母&叔父、従兄弟は
30年前のアメリカ生活の話で盛り上がっていました。

叔母のコーチが厳しく
トレーニングが過酷だったとか、
従兄弟のオムツ替えをしたとか、

みんなの笑顔を見ていたら、
自分の使命が果たせてことに
心からの安堵と
幸せな気持ちになりました。

ホテルに戻り、
もう1日終わったね
明後日帰るの寂しいなあ
なんて言いながら部屋飲み。

実はTちゃんもcancer survivor.
10年前子宮がんを克服しています。
当時辛い治療の合間によく電話をくれました。

『幸せも不幸も皆平等、幸せそう見える人も完璧はない 神様は超えられない試練は与えない』
と私が言ったそうで‼️(今思えばかなり凄い発言)

Tちゃんはその言葉に励まされ、
今こうして生きている
と言ってくれました。

まさか!私の言葉でそんな風に思っていただけるなんて夢にも思わず。

逆に、私がTeenの頃、親が離婚し
難しいお年頃だった私は
Tちゃんの家にしょっちゅうお泊りに
行きました。
テーブルいっぱいに並んだママのご飯。
好きなだけ食べなさいって
家族みたいに過ごさせてもらいました。

そんなTちゃんのママが癌で、パパも一年後に他界。
丁度その頃Tちゃんはシングルマザーで子宮がんと一人で闘っていたのです。

私も彼女とご家族から沢山の愛をいただき、彼女も私を思っていてくれた。

互いへの感謝の気持ちがまたこの旅を
実現してくれた気がします。

2日目は電車で小樽を観光。
快く出してくれた家族にお土産を
買ったり、のんびり過ごしました。

するとまた従兄弟から連絡が、、、

【ママ今夜外泊許可が出たから、夜は外食しよう】

すすきので夕飯。
前日の事を思えば信じられない位の回復。
みんなの気持ちが一つになったのです!

本当なら
この翌日から、
緩和専門の病院に転院すると言っていた
叔母が、目の前でモリモリご飯を食べて
笑っている。

これも、
次の病院に空きがなく
転院が延期になるという
タイミング!


こんな奇跡の時間が待っているなんて
札幌に来るまで誰にも想像できませんでした。

幸せ過ぎて泣きそうでした。



札幌 ③に続く、、、