子育ての頃を振り返っています。

産休も終わり職場復帰するとき

病院の託児所は満員で預かってもらうことは

出来ませんでしたので

義母が面倒を見ると言いだしました。

 

我が家は魚屋で

夫と彼の両親は余所にあるお店で働いていました。

それはどちらにとっても不都合な事でした。

 

夫と義父にとっては人出が減る。

私にとっては娘に触れることが出来ない

日々の始まりとなりました。

 

朝が遅い娘が寝ているうちに出かけ

帰ると夕ご飯のしたく

食べて片づけると娘はもう眠っている。

 

もともと薄っぺらだった

娘への愛情はますます冷めていき

覚めるほどに義母への憎らしさは

募っていきました。

 

そう、原因論の視点で見るとこんなふうに見えます。

 

では目的論の視点で見てみましょう。

私は仕事を辞める気はない。

家族のだれもどこかに預けるということは考えない。

実母には私が預けたくない。

 

子供に向き合えない自分を隠すために

義母が娘を私から取り上げた

状態を作り上げた。

 

私は空っぽだと感じていたし

与える愛情なんて持っていないと感じていました。

そんな私が 子供にどう向き合える・・・

 

義母に子供を奪われた被害者嫁を演じていると

転機が訪れました。

 

お務めを辞める

主人に新しいスーパーを作るので
魚屋としてはいら中という話が舞い込んできました。

私はちょうど制限する病人食に
関わるのが嫌になっていたときでした。

新しい仕事の話は
嫌な環境から抜け出せるいいきっかけになると思いました。

ハッキリしない主人にはっぱをかけるために
仕事を辞めることにしました。

ところがその仕事は断ることになり
私は突然専業主婦になりました。
全く想像もしたことのない未来でした。

義母は仕事に戻り
私の手元に娘がいるようになりました。

自分の健在意識とは裏腹に
最善のところに収まった様に思えます。

異議なしのシナリオです。

そして、自分は否応なしに
自分に向き合う時間を手に入れました。

振り返ることで

原因論と目的論のとらえ方の
練習ができたように思います。

重苦しい過去が軽くなってきました。
オールオッケイで片づけられないものに
向き合うと いっそう自分が軽くなります。

さらに楽しく幸せになるために
節目節目を掘っていきます。

よろしくお願いします。

今日もありがとうございました。