
株式会社ミッドマッスル練習場のすぐ近くにそれはあった。
「マッスルカレー」と書かれた看板には、先程見たプロレス団体「ミッドマッスルと同じライオンのロゴマーク」が掲げられている、飲食店だからか流石に「キングオブバトラーズ」の文字は無かったが、「ミッドマッスルの練習場からも近いし、このネーミング、これは、、関連か?」と思いながら中に入ったのだ。
昼食の時間までは少し早かったが「よし、ここでカレーを食べながら考えるか」と言うことだ。
先ずは練習を見学、と考えていた啓一郎なのだが、この練習場の窓はどれも目隠しをして外からは内部をうかがえないようになっていた、全部で6ヶ所ある全ての窓にアルミ製のシールドがつけられているのだ、勿論内側から窓を開けば空気は流れる仕組みになっている、建物の回りを一周し確認したが【外からは見られない】仕組みが出来上がっている。
それならば、正面の入り口を開けて「見学希望」と伝えればいいような物だが、そこは啓一郎、「自分も秘密裏に訓練を続けている身だ、プロレスにも見られたくない事情があるのかも、、、、、?」と考えた。
一旦は練習場を離れ、どうしようか思案しながら歩いているとそのカレー専門店が見えてきたのだ。
「やはり関連企業」だということは店に入ると直ぐに解った、壁の隅々までプロレスラーやこれから行われる試合ののポスターが貼られている。
ボックス席が3つ、それに長いカウンター席、啓一郎はそのカウンターの1番奥【No.13】に座る、香辛料の香りが食欲を目覚めさせるのが解る。
まだ午前11時だが、3人の男性客が食事をしている、どうやら繁盛している店のようだ、カウンター内の調理スペースには既に5人の従業員がいる、これから忙しくなるのだろう。
啓一郎が注文した「ポークカレー肉増し」が届く、その時に運んできた従業員が「あれ、、選手の方ですか?」と言うではないか、「ん?選手?」驚いたように啓一郎が顔を上げその従業員と目が合う。
「スミマセン!あんまりガタイがいいんでミッドマッスルの選手かと思ってしまって」
恐ろしい程の肩幅と大胸筋の厚み、それらと連動して動く極太の首。プロレスラーと間違われても、、いや、ある意味それ以上に啓一郎の肉体は鍛え上げられていた。
『ああ、またか、』と思いながら、「選手じゃあないですよ、一般人です、今日は見学しに来たんですが、、、その、、外からは見えないようにしてるんですね?あの練習場は」
「そうですね~、ん~、僕がこの店で働き出した時にはもうそうなってましたよ、、、3年前には。」従業員が話し出す。更に続けて、、
「若い女性のファンが増えて、それで目隠ししたっていう話を聞きました」
「若い女性?見られちゃあいけない理由でもあるの?」
「いやあ、そうじゃなくて、、やっぱり若い女性に見られたら、、、ねえ、、」
「ん?そりゃあ、集中出来ないって事かな?」
啓一郎の質問に従業員が笑って答える「集中はするんだけど、、集中し過ぎるのかなあ~?若い選手は張り切り過ぎちゃって、、怪我人が出たそうですよ、それでね、ハハハハハ」
「、、、、、」若い女性の目線を気にしてるのか、これはやはりプロレスは真剣勝負の舞台では無いな。
少々興冷めしかけている啓一郎。
自分の練習には若い女性など居ない、それどころか誰にも知られていない極秘の場所で行われている、見学者などいるはずもないのだ。
ゴロゴロと大きな角煮のような豚肉が「これでもか!」と入ったカレーを「旨い」と啓一郎がほおばっている、カウンターに用意してある小ぶりの「らっきょう」それのカリっとした食感と甘酸っぱさがたまらない。
「なかなかいい店じゃないか」と啓一郎が思っていた。
すると従業員が「見学希望なら正面のドアを開ければ事務所があります、そこで頼めば直ぐにOKされると思いますよ」
「ああ、そうなんだ、お兄さん随分詳しいんだね?」
「まあ、あそこはこの店の出資会社ですし、それに時々カレーの出前を頼まれるんです」
「へえ、配達もするんだ?レスラー達なら大量に食べるんだろうね?」
「いえ、選手じゃなくって今言った事務所の、、去年入社した事務員の昼飯ですよ。そうだ、お客さんもその事務員に見学希望って言ってみれば良いですよ、この店の紹介だって言えば大丈夫な筈です。」続けて「シンドウ君っていう名前の若い男性がいますから」
日本最大のプロレス団体の関連だからだろうか、その若い従業員が自慢気に話をしているのが印象的だった。
啓一郎は【シンドウ君、、シンドウ君、、】と繰り返し呟きながら会計を済ませた。
背丈は啓一郎よりも少し高い、体格は細身である、高校を卒業してまだ間もない年齢なのだ「大人の厚味」が出てくるにはまだ時間がかかる、スリムで優しげな青年。
啓一郎が見た【シンドウ君】のイメージである。
純白で縦書きの名刺【進藤誠、総務部広報担当】と書いてある、それを丁寧に両手で差し出したその事務員は啓一郎を応接ソファーに案内し「直ぐにお茶を入れます!」元気に声を出し急須にお湯を注いでいる。
「いやあ、ファンの方の見学、大歓迎ですよ、ありがとうございます!」
にこやかに微笑んでいる、なかなか快活な好青年ではないか、これも興業の一環なのだろう、名目格闘技でもそれはやはり【商売】なのだから客対応はなかなかに良い。
「お構い無く」と言う啓一郎に対し「もう少し待ってくださいね、今はミーテイングの時間で選手以外は入室禁止なんですよ、直ぐに終わりますから。」と言いながらお盆に乗せた湯呑み茶碗を差し出す。
不馴れでもそこには【一生懸命】が感じられる。
今後の試合予定等が記されたパンフレットを「よろしかったら、どうぞ」と差し出し、改めて啓一郎を見直し、
「凄い体ですね、最初はどこかの選手かと思いましたよ!何か特別な訓練とかされているんですか?」と言いながら向かいのソファーに座ってくる。
こう言う質問には慣れている啓一郎、上手く誤魔化す術は身に付いている「ええ、力仕事でね、ついでに筋トレもやってて、、、まあ腕立て伏せぐらいですけど、、、、」
ウンウンと頷く新米の事務員の澄んだ瞳を見ていると『こりゃあ、なんか、、、ホントの気持ちを伝えた方がいいか?』等と頭をよぎる。
「誰か、主だった好きな選手はいるんですか?」笑顔の進藤君が身を乗り出して聞いてきた、何故彼がこの会社に就職したのかが解るような笑顔だった、彼はきっとプロレスが好きなのだろう、キラキラと目が輝いている。
その目を見た啓一郎が一瞬【妻】を思い出した、先日の【じゃあ本気でマグナム吾郎と試合して勝てる?】と聞いてきたその妻の瞳と同じ輝きを発していたからだ。
この瞬間、啓一郎の心が【ボン!】と小さな音をたてて発火したようだった。
「いや、特に好きな選手はいませんね、ただ、、、ただ、、、知りたかったんですよ、プロレスラーの本当の実力を。」プロレスの施設内で、しかもそこの社員に言ってはマズイだろうという内容だ。
驚いたような顔で進藤が啓一郎を見ている、会話が途切れたせいかエアコンの空気の流れる音だけが響く、既に正午を過ぎた、真夏の灼熱の洗礼がここにも近付いて来ている。
二人の他には誰も居ない事務所に微妙な緊張が流れる。
「はい、プロレスラーは人類最強。いつでも誰の挑戦でも受ける、そしてそれを砕く、、、それがミッドマッスルですが、、何か疑問点でも?」、、、、、進藤が放った最後の「疑問点でも?」の言葉に僅な「嫌悪」が感じられる。
啓一郎も引き下がる男ではない、これをある意味「呼応」とでも言うのだろうか?
遂に言ってはならない言葉を出す。
「、、、、、、疑問点、、ですか、、、まあ全てが疑問ですね、演舞のような試合をやってて最強だと宣う、本当の実力がどうなのかを確めに来たんですよ。」
向かい合う二人の男の背中に冷たい汗が流れる、事務所の空気が緊張の為に静止したように固まっている。
進藤の目の色が明らかに変化した、先程のキラキラは既に無く明らかに【敵対】の色に変わっているのが啓一郎に通じる。
「演舞?、、、、、演舞って何ですか?お客さん、ここは演舞場じゃあ無いですよ」
沈着冷静な啓一郎にもやはり【男】の血が流れているのか。
「演舞じゃないって、ふん、、、、、、じゃあ台本ですか、台本通りの事をやってて、人類最強?私はそこが疑問なんですよ!だからここに確めに来た!」
次第に声を荒立てる男達。
「、、、、、あんたなあ、、解ったような口をきくんじゃねえぞ。」
「台本があるのは明らかだろう」
「素人がちょっと鍛えたぐらいで粋がるんじゃねえよ!」
華奢な事務員に「素人」と呼ばれた、これが引き金になったのか、啓一郎が今まで押さえつけていた自身の【本当の気持ち】が遂に喉から飛び出してきた。
「何だとコラ、、じゃあここで1番強い奴とやらせてみろよ!」
二人がソファーから立ち上がる。
「あんた、、道場破りか?それともミッドマッスルをなぶりに来たのか!」
進藤が大声を出す、その目はもう既に闘う男の物になっていた。
その時だ、ガチャリとドアが開いた。
「どうした大きな声で?道場まで聞こえてきたぞ。」
そう言いながらゆったりとした動作で男が入ってくる、啓一郎が息を飲む、その男は、、、その人物は、、紛れもない【マグナム吾郎】その人だった。