「新婚旅行に行ってない!」
静子の突然の声に静夫の手が止まる、好物の鮪が箸にぶら下がったままだ。
「お互いに忙しかったし、健太もお腹にいたし新婚旅行に行けて無いのよね!」
「あ、、う、、うん、そうだね、、?」余りにも唐突過ぎて驚く静夫がいる、一旦箸の鮪を皿に戻した。
「新婚旅行な、行ってないな、俺たち。そうだったな、」
「そうなのよ!」
「……………………い………………い…………いく?」
「うん、いく~」静子の目が燃えている。
「ど…………どこ行く?」
「アメリカ」
「はあ、アメリカ……アメリカの……」まで静夫が話すのを遮って。
「テキサス州ダラス!」と大きく答えるではないか!
「ダラス?ダラスに行きたいの?」
「そうよ、ダラスに行きたいの、新婚旅行。」「へっ、、ハワイとかヨーロッパじゃないの?」
「テキサス州ダラス!」と繰り返す。目の中の炎がさっきよりも燃え盛っている。
「大した事もない町だよ、確かに俺の思い出の町だけど、、、、、」
すると椅子から立ち上がり何かの書類を静夫に見せてくる、静夫の試合の予定表にボールペンで色々書き込んである。
「貴方の試合の予定とアメリカ行きの航空機の時間を調べたの、ここのところの3日間を欠場にすれば10日間休めるでしょう?」立ち上がり静夫の横に来て書類を指で指しながら話す、熱がこもっている。
「ミコのペットホテルも、あっちの宿泊も全部インターネットで下調べしたのよ、二人で100万も有ればいいのよ。。。。ダラス。」
「解った、解ったからちょっと座れ、座って話せよ、」やっと鮪を口にする「旨い」のである。
「何でダラスなんだ?パリとかロンドンとか、そんなんじゃ嫌なのか?」
じっと夫を見つめてから「あなた、ダラスに行きたくないの?行きたいでしょう?ダラス?」
「うん、そりゃまあそうだけど、、、」
「じゃあ決まり、こっからここまで休みもらって来てよ、後の事は全部私が決めるから、ね!」さっきの予定表を指差している。
「貴方の思い出の場所を見られるし、、、お世話になった人のお墓参りもできるでしょう?」
最後の台詞を聞いて自分の妻の偉大さに頭が下がる静夫であった、ミコはまだ鮪を狙っていた。
翌日直ぐに柳田コーチに休暇願いを提出した、普通の選手の休暇ではないミッドマッスルの看板が3日も欠場するのだ、70代半ばとは思えないほどコーチは若々しかった、まだ竹刀を振っているのだ、代替え選手を誰にするか頭を悩ませる。
「すみません、コーチ」「ところで、理由はなんなんだ?」「墓参りです」「それなら、非番の時に行けるんじゃないのか?」
「遠いんですよ、アメリカだから、、、ちょっと旅行も兼ねて。」
「アメリカで墓参り?もしかしてwwk のケントグレコのか?」
「柳田さん知ってるんですか!」「ああ、知ってるよ提携先の専務だからな、直ぐにこっちにも連絡があったよ。」
そうだったんだ、、、、、
柳田はじっと静夫の顔を見ている。「静夫よ、お前何処まで聞いてる?」
「え。。何をですか?」
「うーん。。。聞いてないようだな。。。。う~ん」何かを迷う柳田がいる。「あのな、ケントグレコの死因だよ、」「あ。。はいそれを聞くのも目的の1つです」
「そうか~」「会社は知ってるんですか?」「ああ、知ってる。」暫く思案した後に柳田コーチが話を始めた、口調が重い。
「まあ、座れよ、」コーチの重い口が開く、、、ケントグレコは殺されたんだよ。。。。ノートンさんからの手紙に死因が書かれていない事がずっと引っ掛かっていた。
その選手は初めて聞く名前だった【アルバート オーフレイム】オランダのキックの選手だという、主にアメリカを主戦場とし「mmc やufi」などで売りだし中であるという。mmc やufi という名前は静夫にも認識があった、リングではない8角形の金網を張ったところで闘うのを何度か映像で見たことがあった。
薄いグローブをはめて、寝技、関節、投げ、何でもありというルールのようである、その試合の特性上、出血、骨折、気絶、などは【当たり前】の格闘技のようだ。
「アルバート オーフレイム」はまだ27歳の若手であるが、柔道、レスリング、サンボまで経験があるという、デビューして間もないが5戦を終えた時点で全て1分以内にKO しているという。
その男に「殺された」と、いや「殺されたようなものだ」と柳田は語る。
「こっちでも似たような事があるだろう、腕試しとか道場破りとか、そんな感じみたいだぞ。」柳田コーチも実際に観たわけではないのだ、wwk の広報から内密に報告があっただけだ。
「道場破りは解るんですがどうして引退したケントと立ち会うんですか?」
「それがな、、、どうやらケントグレコとやる前に若いのが二人潰されたみたいなんだよ。」
「…………それでケントが出た…………ていう事ですか……」
「俺は解るぜ!静夫。もしもお前が道場破りに目の前で潰されたら俺はやるぜ!そんなもんだって。どんな年齢になってもな。。。」
「………………?」
そんな事があるものか?いくら大切な若手が潰されたとしても、あの冷静なケントが、まして引退後に、、、リングで喧嘩をするとは思えなかった。
柳田コーチからはそれ以上の情報は得られなかった、一礼をし事務室を出ようとする静夫の背中に柳田が声をかける。
「静夫、妙なこと考えんじゃねえぞ。」
「………………」
「なあ、聞いてんのか?」
「はい、聞いてますよ。」
「お前も、来年は初孫が産まれるんだろう、妙な気を起こして、、、その、、復讐とか仕返しとか、、考えんじゃねえぞ。墓参りだけちゃんとしてこい、老後は直ぐに来るんだからよ。」
コーチの言葉を聞き終える前に事務室を出た。
「とにかく。ダラスに行ってからだ。」背広を脱ぎ捨ててリングに駆け込むケントがどうしても想像できない。きっと何か別の理由があるはず。と静夫は考えていた。
定刻までの練習を終え帰宅すると、「どうだった?」静子が聞いてくる。
「オッケーだぜ!お前の計画通りのフライトでアメリカ行くぜ~!」
「あらそう~良かった~」「お風呂入っちゃってよ!直ぐにご飯だからね。」
「うん。もうちょっと、、やろうかな、、、、、」
「もうちょっとって、何がもうちょっとなのよ?」
「うん。練習。もうちょっと、、、、、する。風呂はそのあとに、お前先に入っとけ。」
珍しい事もあるものだ、家庭に仕事を持ち込む事なんか今まで1度も無かった、疲れて帰宅した後に更にトレーニングをするなんて、、、、、「大丈夫なの?無理しないでよ、旅行前に怪我とかいやだからね。」
「ハハハ。プッシュアップするだけだよ。」縁側を利用する。縁側の板の間に爪先を乗せ低い位置にある庭石に両手をついて脇を開かずにやる。
「なぜ、なぜプッシュアップをしようと思ったんだ?」静夫にもよくわからなかった。
何か不思議な圧力に押されて力が入る、100、130、全身から汗が吹き出す、140を超えてから筋肉が痙攣をする、限界が近い。その時何かを静夫が言っているのが解る、小さな声で静夫にしか解らない。
「……うののう……」「ちょ……のう……」「ちょう……く」次第にハッキリしてくる。目標の150まであと3回だ!「蝶の能力」「蝶の能力」ラスト「俺には、、、蝶能力があるんだ!」
庭石の上に倒れ込み、荒い呼吸のなかで「ハアハア💦ケント、ハアハア💦直ぐに行くから、ハアハア💦待ってろよ」静かに呟く静夫がいる。