火曜日、木曜日、土曜日。

週3回の【街角チェック】の放送は確かにハードだった、放送だけならまだしも、下調べ、取材、取材の申し入れ、打ち合わせ、リハーサルなどなど、膨大な量の仕事があった。

それに加え月曜日から金曜日までの朝のスポーツコーナーも掛け持ちなのである、チーフが話していた「変則勤務」などと言う半端なものではない、常に何かの仕事をし続けその合間に睡眠を貪るという感じだった。

体の疲れとは裏腹に静子の気力は絶頂だった、温泉の入浴の放映や水辺のキャンプ場の画像など【水着姿】を「仕事なんだから頼むよ~!」という上役スタッフからの依頼も歯を喰い縛って耐え抜いた、以前の静子からは考えられない行為だが、そこはそれ【世の中の歯車に揉まれ】どんどん強くなっていった。

ロケバスの中で、収録中の合間の僅かな時間を利用し、大きな口を開け鼾をかいて眠るなど【まさに不可能】だったはずなのに、今ではポータブルの空気枕を用意している静子である。

「10円カレーライスを探せ❗」と企画書の表紙に書かれていた。

「う〰んとね。。。。。ちょっと難しい企画なんだけどさ!みんなは10円カレーの噂聞いたりした?」

企画室に集まった10人のスタッフの前で安藤チーフが話している。

「ワタシ聞きました!友達から。激安露店カレーショップですねよね?」とヘアメイク及びスタイリストの女の子が答える、スタイリストとは言っても小さな小さなテレビ局の一般社員である、もと美容師だったと言うだけでその職務を任せられていた。

「え~カレーショップかどうかはわからんのだなあ、只、関東一円の地方の駅付近で露店でカレーライスを売っているそうなんだよ。神出鬼没で何処でやるか、誰がやっているのかなど全くの不明。確かなのは一杯10円で味は東京の🌕🌕ホテル並みに【旨い】という話。」それを見つけ出して番組にしようという企画である。


「あのね、局の方に2通のファックスと1通の手紙が来ててさ、3つともそのカレーを【街角】で取材してほしいって事なんだよ!」確かに【街角チェック】では視聴者からの依頼を随時呼び掛けている。


新兵器の「ポケットベル」が全員に配布された、名刺サイズの小さなプラスチック製の小箱に小さな窓がありそこに「掛けるべき電場番号」が表示される仕組みだ、携帯電話の一般的普及がやっと始まりかけたころである、028-123-456×ー99と表示されれば「あっ会社からだ‼99(きゅうきゅう)だから急いで電話しなくちゃ!」という使い方である。画期的なシステムに一堂感動を覚えたが、半年後には皆に忌み嫌われる小箱になって行く、何をしていても会社の【囚われの身】になってしまうのだ。


「神出鬼没のカレーなのに当てもなく探すんですか?何かの指針は無いんですか?」と静子が意見する。

「その為のポケットベルなんだよ、全ての情報を早く局に集めてメンバー全員が共有する。」

「じゃあ、噂話でも、急な目撃でも逐一局に、、、、、」「そうそう!その通り。みんなこの件以外でも何かあったら局に電話をする癖をつけてほしいんだ‼」

「特別に何か【捜す】とかは不可能ですね?」

「それがさ、1通あった手紙の人、きちんと名前も公表してきてて。え~。川崎さんっていう50代の男性が先週東京の青梅の駅付近でこのカレーを食べたそうなんだよ!」


「へ~‼じゃああのう?」

「取材もオーケイだって!」

「今すぐアポイント取ります!」言うまもなくガタッと椅子から静子が立ち上がる、気合い充分の表情をしている。

川崎さんの住職と電話番号を書いたメモをチーフから受け取り、デスクの電話に戻る。

川崎さんは一発で電話にでた、本日は仕事が休みで家にいるとの事、本日中の面会を強引に申し入れると気軽に了承をしてくれた、どうやら早く取材をしてもらいたいようなのである、短い電話での会話の中で解ったのだがとにかくそのカレーの【旨さ】と【安さ】を世に伝えたいそうなのである、青梅で食べた時に店主が「行き先はいつも未定なんですよ、来週は栃木県でやるかも、、、、」と言っていたのを覚えていたのだ。


「じゃあ西那須野って言う駅でやってよ!」って言って見たんですよ。と川崎さんは身を乗り出して語る、栃木県西那須野町の一軒家に静子はお邪魔していた、閑静な住宅街の家には奥様と高校生の娘、家族3人が迎えたくれていた。

アポイントの時点で「牧野静子」と名乗っていたのが幸いしたようだ、今【栃木に限っては】有名な人気アナウンサーが来る、ということで川崎家でも最高のもてなしをしようとしてくれていた、静子の前には高級なショートケーキと紅茶が置かれている。

「ワタシが西那須野でやってよ。と言ってみたら、店主は少し考えてからじゃあ候補にしますって」そう言ってくれたんですよ。やや興奮ぎみに川崎さんが語り出す。

なんとかあの旨いカレーをもう一度食べたい!世に広めたい!と思っているそうだ。

「そんなに美味しいんですか?」「はい、私カレーは大好きで色々食べてますが、、あれは最高です。」メカニックの営業の仕事をしているそうで、全国的に飛び回っているらしい、仕事柄外食が多くなりがちでその中でもカレーライスの頻度が1番多いとの事だ。

「あの素晴らしい味を世に埋もれさせてはいけない。」などと本気の表情で語っている、「10円で売るのには何かの訳があると思うんですよ」

「そうですね!どんなに無店舗で経費がかからないとしても10円じゃあ絶対に原価割れで、売れば売るほど赤字だと思います。川崎さんはその店主の目的等は聞いてないんですか?」

「聞いてない、店の宣伝でもない、だって看板にはあっさりと【カレーライス 10円】としか書いてないんですよ!後は全て謎ですね、ああこんなことなら色々聞いておけばよかった。」

「どんな人ですか?」

「若い男性、大柄で野球帽と黒縁のメガネ。」

「他に特長とかは?何でもいいです。」

「大きな寸胴鍋に紐を掛けてリュックのようにして50リットル入りの特大アイスクーラーをぶら下げてた、両手に一斗缶に凍らせたカレールーを詰めて2缶。帰りは完売してるから常人でも運べるでしょうが、100人前のカレーを持って歩くなんて尋常じゃないですよね。」

「カレー一人前って何グラムぐらいかしら?」

「サア、600グラムか700グラムか、、、、、それに温めるガス台とボンベがあったから、、、、、」

静子は鞄から電卓を出して何回か計算してみる「ふ~‼軽く100キログラム、、、、❓❓❓」

不思議な感じだった、100キログラムの重荷を背負い赤字の商売をする神出鬼没の青年、しかも何かの宣伝行為は一切ないとのことなのだ。

謎が深まる、手懸かりは青梅での青年の台詞「来週は栃木でやるかも」と川崎さん曰く「世に埋もれさせてはならないほどの味」である。

「これはすごいネタだ‼面白い❕なんとか見つけなくちゃ!」川崎さん宅を後にしながら電車の中で静子が呟く、期待感で背中がゾクゾクする。「そうだった、局に電話をして状況報告しなくちゃ!」到着駅で周囲を見渡して電話ボックスを捜す。「みんなのポケットベルなるかなあ?」などと思っている、静子の両目には期待の炎が燃えている。