身近に死と向き合うとか直面したことないだろ??
みないなこと言われたことがある。
あるよ??
死に目には会えなかったけど、
高校生の時、じいちゃんどっちも死んじゃった。
友達のお父さんとか、
知ってる人が若くして死んじゃったこともある。
あたし、生きていることを当たり前だなんて思ってない。
職業柄、働いてからはあまりないけど、
学生の時は色々な事情に直面した。
あたしは、
生まれた以上死ぬことを当たり前だと思っている。
だから、明日が来て、1年後、10年後が来ることを当たり前に思ってしまうけど、
毎日生きていることは奇跡なんだって思ってる。
5年前じいちゃんのお見舞いに行ったとき、病室の窓の外を見たら
わんこの散歩をしていた人と、仕事帰りらしいOLっぽいお姉さんが歩いていた。
もし、
今ここでじいちゃんが危篤になって家族があたふためいて、
じいちゃんが死んじゃったとしても、
きっと明日もあのわんこはこの道を散歩して、あのお姉さんはこの道を帰る。
そう思ったら人の死ってちっぽけだなって、悲しくなった。
でもそんなもんなんだって受け止めてしまえた。
事実、じいちゃんが死んでもあまり悲しいとか、泣いたりしなかった。
そのかわり、じいちゃんありがとうって
ちゃんと送ってあげたと思う。
そして、今もあまり多くはないけど
命とかかわる仕事をしている。
一歩間違えたら大問題だからね??
いちをそんな責任背負って生きている。
生命の誕生も見たことあるよ??
人間は独りで死ぬことはできても、
独りで生まれて生きていくことはできない。
ちゃんと目の当たりにした。
そして、考えたことがある。
自分だって女の体を持っている。
もし、自分に命を宿して、完成した命に欠陥があったら‥
そう思うと今の自分の体の完成度、
少なくとも病気の人を相手にしている職業だから、自分の健康のありがたみ、
ちゃんと噛み締めて生きていると思ってたんだけど??
食べ物粗末にするなって
どちらかというと生産者に近い環境でそだったから、大人になってからだけど、
よくわかる。
お米を作るということは大変。
小さい時からじいちゃん、ばあちゃんの作った米を食べてきた。
自分もたくさん手伝ったから、余計大事なお米になった。
親戚はいつもみんな、
食べたくても食べられない人がいるって言っていた。
いまでも食べ物には感謝したり、粗末にしてしまった時は罪悪感感じてます。
やっぱり、あたし
ちゃんと生きていると思う。