100匹の黒猫物語 No.9 ミックとジャガーの場合
黒猫のミックと黒猫のジャガーはガソリンシティのはずれにあるレコード屋で暮らしていました。その「オンボロレコード」はいつだってご機嫌な音楽が古きよきステレオから大音量で流れていました。ミックとジャガーはいい音楽ならなんでも好きですが特にロックンロールが好きでした。
右側のスピーカーの上にはミック。
左側のスピーカーにはジャガー。
いつも8ビートに合わせてしっぽでリズムをとっています。
「アィキャン ゲッノー サティスファクション!」
「デイトリッパー! ピピンッピピン イエー!」
「おいジャガー。縄張りのパトロールの時間だぜ」
「オーライミック。
今日こそエアロとスミスの野郎とケリをつけようぜ」
オンボロレコードのマスターが笑いながら言います。
「あんまりムチャをしないようにな。
ロックンロールというのはな。
実はラブアンドピースなんだからさ。
ほら。ラジカセとマタタビ。なめすぎないようにな。
それと帰りにお使いしをしてきてくれ。
封筒に地図を入れておくから。
頼んだぞ。じゃあ気をつけてな」
店を出るとすぐにミックとジャガーはトラックの下に潜り込んでさっそくマタタビをなめます。
「おー。コレは効くな~。上物だな~」
「あー。気持ちいくてダルい。
こりゃファイトはムリだな」
「おー。ちょっとBGMをチェンジしよう。
ザ・フーはやめてレゲエにしよう」
「いいねー。ボブマーレー。ノーウーマンノークライ」
ふたりは公園の穏やかな陽射しの中でだらだらとなんの役にも立たない話をしています。
「なあ。エアロとスミスとさ。ケンカをやめてさ。
4人でロックバンドを組むってのはどーよ?」
「てんでダメだ。ボーカルが4人じゃ
ゴスペルでシャワワワワーだよ」
「なあ。この前ココで逢ったチビ猫は
愉快なヤツだったよな」
「ああ。レインだろ。ひとり旅のレインちゃんな」
「にゃままま~でさ」
「レインってばどんな曲でも
ホンキートンクでにゃままま~って唄うんだもんな」
どうやらレインは着実に「足跡」を残しているようです。
「最近マスターはギター弾かなくなっちゃったな。
オレはマスターの音もフレーズも好きなんだけど」
「だね。でもギターは売ったらしいぞ。
レコードが儲からないからさ。CDもダメ。
マーシャルアンプも売ったはずだ」
「そうかあ。チカゴロはみんなダウンロードだもんな。
猫もしゃくしもスマホでミュージックだもんな」
「うん。でも『しゃくし』ってなんだ?」
「知らねーよ。喰ったコトないし」
「ハラ減ってきたから帰ろうか?」
「あ。オレたちはマスターにおつかい頼まれてたぞ。
どんなお使いか地図見てみようぜ」
それは地図ではなくて「手紙」でした。
「ミックとジャガーへ
悪い知らせだ。オレはロックバカで商売がヘタだからついにレコード屋がつぶれるコトになっちまったよ。ココより暑くて安い南の方で再建しようと想ってる。オマエらも連れて行きたいけれどその土地はネコには不向きな土地なんだ。遠いから何度も飛行機に乗って砂漠を歩かなきゃなんない。オレひとりでもたどりつけるかどうか怪しいんだ。
ミック。ジャガー。
電話もガスも止まっちゃったけれどステレオだけは生きているからいつものようにそこにいなさい。ちょっと待ってたら『探偵』ってヒトが来る。アルバム2枚ぐらい聴いてる間に来るはずだ。そいつにすべて頼んである。『レインのコト』を訊きたがるから知ってるコトはぜんぶ話すんだよ。きっとよくしてくれる。これからはレインハウスの黒猫たちとなかよくやるんだぞ。
なにも心配するな。
なにも恐れるな。なんてったってオマエらは
ガソリンシティ最強の黒猫ブラザーズなんだから。
マスターより ありったけの愛をこめて」
店のシャッターの前にはステレオとふたりが大好きなレコードが10枚ありました。ミックはローリングストーンズの「愚か者の涙」をかけました。泣きそうだったけれどジャガーはくいしばって我慢をしました。
レコードは時々キズでぷちぷちと音がします。
その音は「マスターのいきざま」そのものでした。
ブイーン。
月日が流れます。
はじめは不貞腐れていたミックもジャガーもいまではみんなとなかよく暮らしています。レインハウスでバンドのメンバーを募集したのですが応募はレインだけでした。ふたりは仕方なくドラムとベースをやりレインに唄わせています。レインは歌詞を覚えずになんでも「にゃままま~」とシャウトします。みなさんがご存知のようにその音程にはいささか問題があります。ミックとジャガーがギターを弾かずにドラムとベースをやっているのはいつかマスターがギタリストとしてバンドでギュイーンとやるためです。
おしまい。