確かにヌードだけどね。

無料オファー限界か?

楽しみにしてたのですがぁ〜。

 

 

 

姪から写真が送られてきた。

ほぼ65年関わっていた建物が無くなっていた。

 

植松から父が植松から引っ越してきたのが1963年。

小さな工場と平屋で社員用の食堂と五右衛門風呂と我々家族4人の6畳ほどの寝室。

そして、ほぼ10年後にできた2階建ての木造の念願のマイホーム。

 

家族、兄の家族一人一人の思い出はまちまちだ。

6年目に62歳で他界した兄は念願のマイホームができた時には

大阪の大学、東京に就職とほぼ我マイホームにはほぼ愛着はない。

もう死んでしまったのだから、関係ないけど。

私も6年しか住んでいないマイホーム。

なのだが、この場所は岡山に帰ってくる所。だったのだ。

最近では家主は5年に亡くなり、唯一の母も今はサービス付き高齢住宅住まい。

この5年は誰も住んでいなかったのだ。

 

残されたのは草だらけの工場とマイホーム。

思い出は私はギッシリ詰まっているのだけど、

後のことを考えれば、みんなが元気なうちに決着をつけなくては。

そして、62年の歴史を閉じたのがこの写真。

 

帰ってきた時にどこへ行けばいいのだろうか?

 

いたるところに地蔵。
おどくう様。荒神様。
児島八十八箇所の皆々様。
村中にワンサカ。ワンサカ。

2009-10-06 18:46の記事++++++++++++++++++++
ひこちゅう。みぎどなりのおかみ

神様シリーズ。
こうじんさま。
と、おどくうさん。

またまた岩本ナオ著「町でわさの天狗・・・」で「耕神様(こうじんさま)」という言葉をみかけた。これは忘れかけてた言葉だ。こうじんさま。ここでは「荒神様」のことでなかろうか。西日本で盛んな特に瀬戸内海、特に岡山で盛んな民間伝承の悪神の一種だ。民間伝承なので御祀られている和霊神社。とにかく植松のヤス祖母さんは朝6時には雨の日も雪の日も一日も欠かさず、この「荒神様」にあいさつにいくわけだ。と思ったが「ちがうっ!」こんなデカイ神社じゃない。二.三回お供をしたことがあるが、あれは確か植松児童館あたりの四差路のどこかにあった「地蔵」だ。あれはなんだったんだろう?よくヤッさんが口にしていた「こうじんさま」と四差路の「お地蔵」とは違うものらしい。それもそのはず、荒神様が祀られている「荒神社」は植松では広大な敷地で、格好の子供の遊び場だ・・・それは・・・・・・・そ・・・・の「荒神社」の敷地内には蟻地獄の地獄穴だらけなのだ。彦崎「天祖神社」の比ではない。流石、悪神祀っていのもダテではないのかもしれない。植松の「荒神社」恐るべし。さて、その「蟻地獄穴」君なら見つけたらどうするだろうか?調査をしたわけではないがオーソドックスには、蟻を探し、そのすり鉢状の蟻地獄穴に蟻を投入し、本来の機能を確認するのが基本ではなかろか。それに飽きると次は「蟻さんの仇!」と水攻め、火攻め、破壊攻め、いやいや掘り起こしその勇姿もみたくなる全裸攻めだ。まさか怪獣アントラーズのようなものは居ないはず、居たら怖いが・・・・と子供には「荒神社」は大テーマパークと化すのだ。他にも植松の子ども達の遊び場は豊富だ。先に話にでた植松児童館・四差路「消防」横の用水路。当時は水面は剥き出しで子ども達は命がけで遊ばなくてはいえない。また、繁華街藤原商店前の「大師堂」まえの広場は格好の遊び場だ。当時、日曜日の夕方に広場から見る大師堂の姿は朽ち果てた、まさに「てなもんや三度笠」のスタジオセット並の奥ゆかしいモノと記憶している。植松は車が通ることの出来ない極細の道がクネクネと蛇行し交差している小道。それに平行して小川も付いている。まさに子供にとっては夢のような場所なのかもしれない。そう。こうじんさまは植松「荒神社」にあり。おどくうさまは「台所」にあり。なのだ。イラストは灘崎町・植松「荒神社」の正面鳥居、手前畑。0019


以下頂いたコメント=============
神様ネタ。。。
『おどくうさんは いえがみさま やうつりしてもうごかすな』『へ は、じじんさまの いびきなり』
。。。語呂が良いので 言葉としては覚えていますが、神様のエピソード、漢字さえ教わってないので、色々なとらえ方になってしまう。『荒神』『耕神』なんかは、まだ良いが、『秋葉山』なんて『あきやさん』『あきばさん』『あきゃーさん』、、、のんさんは『アキラさん』だと思って大きくなった[がまん顔]
国の政策で、神話が教科書に載る事も無くなった今、ますます、アキラさん現象が進むのでしょう[台風]
これとは、少し話がズレますが、彦崎地区は毎年 年末には回覧版と共に『高島易』300円の販売がありますね[右斜め上]この有名な高島さんは岡山出身の大工さんだったとか、、、
とりあえず、彦崎のジジババは、これを見て全ての計画を練るのだ
『たちまえは三隣亡をはずせ』とか『今週の日曜は日がえぇーから祝いを持っていきゃぁーええがのー』とか『不成就日じゃからなんもしたらいけんよー』とか。
のんさんも、勿論 バイブルとして 枕元においていますねとても為になります、一家に一冊[右斜め上]ですね(注※気楽に読む事)
by のんさん (2009-10-08 16:38)


ひこちゅうのこよみ

四緑木星。
これで覚えました。

なぜか覚えている「四緑木星」。同い学年のひとはみな同じ運勢になるという占い。生まれたときが運命の分かれ道なのらしい。すでに「平成二十二年版高島易断神栄館蔵版」が出ていて、否が応でも師走の雰囲気を醸し出しているのだ。白地にキンアカのイラストを下地に金の太ケイ。そして隷書体で組まれた文字が読みづらく怪しい感じでとってもいい。この表紙は昔からわっていない。と思う。しかし、正確な記憶がない。「高島易断」というのは易断家・高島嘉右衛門(天保3年11月3日生まれ/1832年)が編み出したものらしい。天保。そいいえば最近みたな天保。嘉右衛門さんが10歳の時に「彦崎天神社」が出来たことになる。因みに「良寛」さんは天保2年に亡くなっているので、嘉右衛門さんとは入れ違いなわけだ。天保8年には大塩平八郎の乱、15年には天保の大飢饉。でかなり不安定な国内。そして転機は「安政の大地震(1855)」を予言したことから始まる。高島嘉右衛門の教えで「占いを商売としない」ということなので現在の一連の「高島易断」は高島嘉右衛門とはまったく関係ないのだ。・・・・・祖母ヤッサンの座右の書はたしか「神栄館蔵版」(神聖館、翠明館、正朋館、龍峰、天聖館、聖峰館、・・・と星の数ほどあり、全て総本山、総本家を名乗るわけだ)であったはず。手がかりは表紙のデザイン、しかしこれも少し自信がない。とにかく「高島易断」は九星、九曜・・・を元にしている。「くようもん」まてよ。これはマキチャンちの家紋ではないか。ほんの1-2ヶ月前に知ったばかりだ。これまた偶然。これはまた神の導きか?今年は買ってむるかな「平成二十二年版高島易断神栄館蔵版」。1,865円。これを安いとみるか?高いと見るか?0022

以下頂いたコメント=============以下頂いたコメント=============
あげましょーた!あげましょーたっ!神棚と仏壇へ炊きたてご飯とお水、又はお茶(神棚の御神酒[おみきとっくり]には酒)[手(パー)]今だに 実家に帰ると のんさんあげましょーるが[指でOK]
台所には おどくうさん と 丑(牛)←多分、吉永町の牛神様でもろーてきた置物を奉ってた、あと 榊(さかき)の枝葉も!
神棚には、『天神さん』『八幡様』『稲荷様』意外な事に『こんぴらさん』を奉るのは彦崎では常識〓
因みに、神様 仏様の あげましが終了してから、ジジ、ババ、、、と、年功序列にご飯をよそいます[exclamation]これが、爺→父→息子→と男尊女卑系もありだと思います[右斜め上]まぁ、どちらにせよ子供は何でも後回しだった[exclamation]それがよかったのだと思う!最近の子供は逆に何でも最初、どころか 一家の中心なんてパターンが多くて[あせあせ(飛び散る汗)]
なんにせよ、『とりえーずちゃんと、あげましてからじゃー』
by のんさん (2009-11-04 22:42) 

 

 

2009年時の給食センターの給料。
2024年現在の令和3年厚生労働省「賃金構造基本統計調査」によると、
一般労働者の平均月収は30万7,400円高卒が28万1800円
なので現在ほぼ倍。

 

2009年09月29日の記事+++++++++++++++++++++++++++

ひこちゅうのおなか

 

彦﨑小学校、灘崎中学と片岡・灘崎小学校横の灘崎給食センターから送られてきた給食を食べることになる。その灘崎給食センターは1966年3月に完成し、4月より開始となる。ちなみにその年にこれまた灘崎小学校にプールが完成している。学校給食法が出来た1954年から数えて8年後ということになり、1966年まではどうしていたのだろうか「ひこきゅう」?給食なんて存在しなかったのか?当時、我々が小学校へ入学したのが1968年すでに灘崎給食センターからの給食の配給は始まっていた。ただし、記憶にあるのが当時の彦崎小学校には講堂と職員室の間に給食場があり、そこで「大きな窯に乗った鍋で牛乳を作っていた」ことを覚えている。あれはいわゆる「脱脂粉乳」ということだろう。かなりあの独特のニオイに参った人が多いらしいが、個人的には大好きだ。といことで給食センターが出来るまではこの給食場で簡単な料理は作っていたのではないか?当時の「給食のおばちゃん」は磯の藤原さんだが、我々は「藤原のおばちゃん」と呼んでいたと思う・・・・・

今まで話して来た灘中は漫画の舞台になっている。

岩本ナオ著「町でうわさの天狗の子」だ。

全編にこの地域の景色を見ることができる。

灘中関係者にはなんと幸せなことか!

漫画家の岩本ナオはもちろん灘中出身。

DeNAの佐野恵太、チューチュートレインの中西圭三。

こんなん田舎だけど、意外と有名人が輩出。

みんな都会に出ていちゃってるけど。

しかし、「町でうわさの天狗の子」がamazonで2円とは!!

 

2009-09-30 17:12の記事++++++++++++++++++++

ひこちゅうのまんが

 
でました。岩本ナオ著「町でうわさの天狗の子 第二巻」36ページ下。
でた。
片岡ですね。宇野線ナメのアングル。典型的な灘崎町アングルですね。
灘崎町を知らない人はよ〜く見てください。このブログ下「ひこちゅうのおなか」。そのまた下「CHAPPYさん「灘崎特別教室」の絵」の灘崎三代画家の絵をよく見てください。共通の同じモノがあります。な〜んだ。そうですね。皆同じ方向に向かって絵が構成されています。方角はちなみに南南西の方向。なぜか灘崎出身者はこの方向から絵を描くのが得意なはず。そう。見えますか?絵の一番奥に毛が三本生えてるオバQのような山がこれは、灘崎中学の校歌に出てくる児島富士。「常山」ですね。灘崎でもっとも有名であると言われています。なので意識をしなくてもこの山が絶対入ってくる。調査をしたわけじゃないけど、灘崎の外風景写真で7-80%はこのオバQ「常山」が入っていると私は思う。この」「常山」を中心とした一点透視パースになって展開すると、絵は自然に出来上がってしまう。絵の先生のような、ちなみに我らは定金先生のような山だ。「常金画法」とも呼んでみよう。といって定金先生が教えてくれたわけでないけど。・・・・とにかく「常山のない灘崎町は、クリープを入れないコーヒーのようなも」とも言われる。「川上食堂がない彦崎は、少年チャンピオンのない藤原書店のようなもの」と匹敵する。が!しかし、我がひこちゅうからはこの「常山」は見えないのだ!!ガァ〜ン!とにかく同じ灘崎町なのに悲しいことに「常山」をみることができない!「常山」を見て一服、プカ〜。っていうことも出来ないのだ。そんな殺生な。ただひたすら「ひこちゅう」のみ常山を拝することができない・の・だ。ちょっとした「ひこちゅう」仲間はずれ。というか浮いた存在、空気読めない?ということで思うに彦崎以外の灘崎町民は「彦崎」に対してどんなイメージを抱いているのだろうか。過去に聞いたことをここにまとめてみよう。圧倒的なのが「あたまがよい」。そして「ちょっとたかぴー」「何を考えているかわからない」「家が多い」「都会だ」「人が密集している」「まじめ」「おとなしい」「ぼんぼんだ」「仲がよい」「おやつにクリームソーダが出来てきてハイカラ」「マルナカがあって羨ましい」「倉敷だ」・・・・・。そんなイメージらしい。よそよそしいといか、かなり隔離された感じのイメージだ。ある意味両端を山で遮断され、逃げようと山と逆の方向に逃ると一面の川で阻まれる。そう「彦崎」は逃げ場のない場所でもあるのだ、ある意味。君の「彦崎」イメージはどうだろう?と問いたい。0012
 
以下コメント

アハハハハ~。
オバQ山かわいい[わーい(嬉しい顔)]
確かに!あの山はキーポイントですね。
灘崎の景色には絶対に欠かせない。逸話も桜も神秘的な山ですね。

岩本ナオさん読んじゃいました。
あわい感じとか、田舎が舞台なのとか、ヘルメット被ってる中学生とか…ありそうでなかった!
何故かマンガになっても、どこの場所か、どこから見た景色か分かってしまうものですね。
それだけなのに何かすごい感激してしまいました。

あと定金ティーチャーは、なんと私たちが最後の生徒です。
やっぱり美術教師ですよね。かなり雰囲気のあるオバサンでした!
オノヨーコ的な?!
かなり思い出深い先生です。
また書いてみよ~。
by Nの姉 (2009-10-01 00:21) 

 

はい!『常山』改めオバQ山。灘崎3大画家。常金画方。。。学期末テストに出ますね[がまん顔]
『常山』あの山が見えていれば迷うことが無い[exclamation]東京に出て来た時、地下にいる時は表示が有るので、あまり迷いませんが、地上に上がるとビルに囲まれて方向感覚を失うのです[台風][台風][台風]『だって常山が見えんのんじゃもん~[考えてる顔]』と今だふて腐れる、のんさんです[手(パー)]
あと、彦崎に対するイメージ、、、小学校の組が『い組、ろ組』、、、いやいや[手(グー)]多分、『プライド高い!』ですね。。。灘崎の『崎』は彦崎の崎[exclamation]昔、付き合った 関西ボーイに『彦崎貝塚』の話をしたら、「ゴミ捨て場ぢゃん」って言われ、即効で別れました[exclamation]キィー[exclamation][exclamation][exclamation]まっ確かに[あせあせ(飛び散る汗)]なんですけどね[猫2]
あっ、のんさんだけかもしれませんが、甲子園や都道府県マラソンなどは、旦那はんの出身県(静岡)だけには負けたくないですねぇー![台風]あと、スーパーで山梨産の果物を見かけると、千疋屋に有る一流は岡山産だっ[exclamation]とか、呟く始末[台風]この前は、長野の巨峰と岡山のピオーネを比べている人に、比にならない[むかっ(怒り)]と暴言[台風]いつも、戦闘体制が整っています(一方的に!笑)
でも、東京で山陽地方の人に会うと、まずハグしますね[台風]なんのこっちゃ[右斜め上]
by のんさん (2009-10-01 06:44)  

 

引っ越しおめでとうございます。定金さん、言われてみると、名前だけ記憶に残っているような。。。美術、苦手だったもので。「天狗の子」は、全巻揃えました。心に響きますね。中学時代は、灘崎や七区の友人を訪ねて皆さん同様、常山を遠くに見ながら田んぼの真ん中を自転車で疾走したものです。だんだん、倉敷にレコードを買いに行く回数の方が増えていきましたが。。。
by 江東区民 (2009-10-01 15:10)  

 

初めまして!岩本ナオさんの事を調べていたらココに来ました!
旧ブログも読んでますよ~
めちゃくちゃわかるネタなんで面白いです!
それに知らない彦崎・灘崎が見えてきてそこも面白いですね!
(僕は植松民ですが(笑))
がんばって書いて下さい!!!楽しみしています!!
他の地区(紅陽台とか片岡とか!)の記事も読みたいです!


ではでは^^
追伸
2巻の36ページですよ~

by 植松ベンジー (2009-10-05 21:58)