自分の軸をどこに置いているかがポイントなんだと思う。
たとえば、お買い物して服を選ぶときに
自分の中に軸が立ってれば
「あ、これかわいい!!買おう」
「この色好き、ほしい!!」
ってなる、でももしも、軸が相手にあったら
「これだと派手すぎるかな…流行に乗り遅れてない??」
「本当に欲しいかわからないけど、ブランド物をもっていれば安心だから買う」
「この化粧品、ランキングに入ってたから本当に使い心地がいいかはよくわからないけど買う」
「あの人になんか思われるかもしれない…やめとこう」
このときに軸は他人にあって根底には、
「これなら私間違ってないよね」がある
世間が作った流行という正解に合わせてしまっている
ある人に軸を置いてしまって、その人の価値観に合わせてしまっている状態
⚪︎雑誌に載ってたから間違ってない
⚪︎ランキング入りしてたから間違ってない
⚪︎高いものをもっていれば間違ってない
心に従えば好きか嫌いかが判断基準なはず
正しい正しくないは頭に従っている
人の趣味に間違えなんてものはないし、
これが欲しい!!って思ったら、それがあなたの正解なんだけど
私自身、そうやってものを買ってしまうときがある
そういうときは、軸が私から離れているとき
私の心がどう感じるかに重点をおいてない。
値段に限らず、流行に限らず
その人が その服や物にときめいて買ったものには
何かが宿ってる
好きや、ときめきが大きいほど宿っているものも大きくなる
その持ち物や服ではなく、ほんとうはその宿っているものに人は惹きつけられている
エネルギー?のようなものに
本当におしゃれな人って流行うんぬんじゃなく、独自の路線を突っ走ってる
そういう人を見て私は、かっこいいなぁ…
自分100%だなぁって思う
でもそのコーデイネートを丸ごと、私が着たとしても なにも宿ってない
だからきっと色あせてしまう
私は私の、これ好き!欲しい!に従うことで
物にも服にも、ときめきを宿らせることができる
このときに軸は自分にある
お買い物のときに自分の心に、ぜひぜひ問いかけて見てください!!
もともとももっているあなたの色に
他人の価値観や世間の価値観をどんどん重ねてしまったら、色が混ざり濁っていってしまう
この不純物を取り除いて、自分の色に近づいていくことが軸を自分にするということ。
誰かになるのではなく、私は私に戻る。
毎日目にする待ち受け画面や、アイコン。
本当にお気に入りなのだろうか
自分の心が欲してるものなのか
そろそろ変えてみようかな。
あなたの中の「なんか違う。」を大切に
