みのお の かっちゃんのブログ -15ページ目

みのお の かっちゃんのブログ

ブログの説明を入力します。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  地方から  ~  出てきて   … 新入社員で   入社して    約 半年 

 

 

 

  仕事も   人間関係も     慣れない     生活も     大変だと思う

 

 

 

  君が   成長して      新入社員の     後輩が     出来たら ~

 

 

 

  君の経験を   仕事や   人間関係で     後輩に   教えてあげてね

 

 

 

  アルコール や  飲料   などの   一気飲みなんか   しなくていい  バツブルーカクテル

 

 

 

  途中で   俺が   タッチして   先輩の  役目として  引き受けるから 丸ブルーチョキ

 

 

 

 

  人は  上 (上司・先輩) も  ~  下 (部下・後輩) も   出来て  育つという 上三角

 

 

 

  頑張れ  新人  ~!!        俺? … 勿論   頑張るよ  筋肉

  

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

僕の家の ベランダで  裏が雑木林のため  蝉が 時々 息絶えて 死にかけてる…

 

 

 

 

 

 

蝉に   ここで死ぬなよって  雑木林に  投げ入れて   戻してやりました。

 

 

 

 

その蝉の姿を見た時   蝉は 八日間しか生きれないんだ ~ そう思った時

 

 

 

 

想いだす    映画が     …    この   八日目の蝉   です

 

 

 

 

ラストシーンは      感動しました!!

 

 

 

 

 

DVD は  堺の  映画館で観たとき ~  感動したので 買い求めました

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

メモ

 

 

井上真央さんは 所属事務所を 離れて 1年半ほどの 休養を取っていたけど

 

 

岸辺一徳さんの事務所に移られ   今秋からは     いよいよ活動開始です

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「人生は恐れを知らぬ冒険か、それとも無か。そのどちらかである」とはヘレン・ケラーの言葉だ。

 

 

 

見えない、聞こえないという障害を持ちながらアン・サリバン先生の忍耐強い教育で話すことができるようになった「奇跡の人」という映画や舞台は有名だが、ヘレンが女性参政権を求め、人種差別や死刑反対の政治活動に熱心だったことを知る人は少ないかもしれない。

 

 

 

 

日本など世界各国を訪れ、多くの人に影響を与えた。 まさに冒険に満ちた生涯だった。

 

 

現在の日本にも盲ろうの人が推計約1万4000人いる。

 

 

視覚障害と聴覚障害は法律に規定されているが、「盲ろう」は法的な定義がなく、教育や福祉の保障については遅れている。

 

 

 

「宇宙の中にひとり取り残された感覚」  「1日が40時間にも50時間にも思える」。

 

 

 

 

 

そんな人々の暮らしを追った~ドキュメンタリー映画「もうろうをいきる」(西原孝至監督)が東京・ポレポレ東中野を皮切りに全国で順次公開される。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

メモ  目と耳に障害がある盲ろう者と、彼らを支える人々の日常を追ったドキュメンタリー。全国各地で生活している盲ろうの人々を訪ね、宇宙に一人取り残されたような孤独と向き合いながら生きる姿を映す。監督は、『わたしの自由について~SEALDs 2015~』などの西原孝至。コミュニケーションの意味を考えさせられる。

 

 

 

 

 

 

佐渡でひとり暮らしをする女性、震災と津波に遭った石巻で生きる男性、柔道を続けながら結婚するために自立を目指す広島の青年。

 

 

まったく見えず聞こえない人もいれば、耳元の声なら聞こえる人、視界の中心部だけ見える人もいる。

 

 

家族の世話や福祉で守られているだけではない。

 

 

 

その暮らしは実に多様だ「指点字(ゆびてんじ)」「触手話(しょくしゅわ)」などのコミュニケーションを使って周囲との豊かな人間関係を紡いでいる。

 

 

 

それぞれが「恐れを知らぬ冒険」の人生を歩んでいる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

      

      カルメン幻想曲  サラサーテ

 

 

 

 

 

 

   音符  桐朋学園大学 ソリスト・ディプロマコース2年在学中(当時)の演奏 キラキラ

 

 

 

 

 

 

 

      指揮は通称「炎のマエストロ」~小林 研一郎さん…愛称は「コバケン」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

           

 

 

 

 

 

 

泥の川に5人の母子が胸や首までつかっている。

米軍の爆撃に追い立てられ、こちらの岸へ逃げのびようと必死だ。

目には戸惑いと恐怖が宿っている。

 

 

 

 

写真家、沢田教一さんの「安全への逃避」は1965年9月、当時の南ベトナムの農村で撮影された。

ベトナム戦争の現実を問いかけ、翌年の米ピュリツァー賞に輝く。

「戦争の終結を2年早めた」とも言われる。

 

 

 

 

 

 

        

 

 

 

 

            この作品をはじめ、愛用のカメラやメモ帳なども集めた展覧会が

 

             東京の日本橋高島屋で28日まで開かれている。

 

 

 

 

 

 

母の腕に抱かれて川を渡った当時2歳のフエさんが、沢田さんについて語るインタビューが会場に流れていた。

 

 

 

 

渡りきった家族に彼は手を差し出し、岸に引き上げたという。

そして、催涙ガスで涙が止まらないフエさんに気づき、自分のハンカチを水でぬらして目をふいた。

おびえが安堵(あんど)に変わったことだろう。

 

 

 

後日談を伝える新聞記事もあった。

受賞の翌年、「あの母と子はどうなったのか」と村を訪れ、再会を果たした。

そして36万円の賞金のうち6万円を渡し、受賞作品に「幸せに」と書いて贈っている。

人柄が伝わるエピソードだ。

 

 

 

沢田さんは70年秋、カンボジアを取材中に銃撃され、34歳で亡くなった。

最後まで戦場の外にもレンズを向けた。働く人、生活する人の日常を多く切り取った。

女性や子どもの姿が多い。

 

 

 

戦争で最も苦しめられるのは最も弱い者たちだ、との訴えがそこににじむ。

今も世界のあちこちで、それを実感せざるを得ないのは歯がゆい。