ヒバクシャの願いが世界を動かした。 ただし、ヒバク国日本は除いて。
国連本部で採択された核兵器禁止条約。「世界は変えられる」「世界を変えよう」。
カナダ在住の被爆者、サーロー節子さんの会議場での演説が力強かっただけに、いっそうやりきれない思いがする。
交渉会議にさえ参加しなかった日本政府の言い分はこうだ。
「核兵器国と非核兵器国の対立を一層深める。逆効果にもなりかねない」「建設的かつ誠実に参加することは困難だ」
言い換えれば、米国の核の傘に守られている日本が条約に賛同する「矛盾」を乗り越えられない、ということなのだろう。
だが、その「矛盾」と、唯一の被爆国である日本が核兵器禁止条約に参加しない「矛盾」は、どちらが大きいのだろうか。
日本が抱える核の矛盾はこれだけではない。
思い出したのは、公開されたドキュメンタリー映画「アトムとピース」(新田義貴監督)だ。
長崎で生まれ育った被爆3世の女性が原子爆弾と原子力発電所について調査するため、長崎から福島、青森、アメリカを巡るドキュメンタリー。福島第一原子力発電所の事故をきっかけに、唯一の被爆国である日本が原発事故を起こしてしまったことに疑問を持った女性が、青森県の六ヶ所村などを訪ねる姿を追う。監督は、NHKで多くの番組に携り、『歌えマチグヮー』を手掛けた新田義貴。プルトニウムの日本における保有量などの事実に、考えさせられる。
「放射能が漏れるって、原爆の時のあの放射能?」。
長崎の被爆3世で小学校講師の松永瑠衣子さんが、福島第1原発の過酷事故の時に感じた素朴な疑問を胸に、福島の被災地を回る。
原発と原爆は何が違うのか。
なぜ日本は原発をやめないのか。 原発から出る使用済み核燃料の再処理により、核兵器の材料となるプルトニウムを日本が大量に所有していることも学んでいく。
原爆と原発の根っこには同じ「核」がある。
にもかかわらず、戦後、米国のアイゼンハワー大統領が国連本部の演説で「アトムズ・フォー・ピース(原子力の平和利用)」を打ち出し、両者は別モノと位置づけられた。
そこには、核兵器保有を正当化する意図があり、だからこそ、日本が原発立地のターゲットとなった。
日本は原発を受け入れ、原爆とのつながりを忘れがちになった。
そこにくさびを打ち込んだのが、福島の原発事故ではなかったのだろうか。
8月9日、長崎に原爆が投下されて72年、経済産業省が「エネルギー基本計画」の見直しに着手した。
「原発依存度を可能な限り低減する」と言いつつ、「原発は重要なベースロード電源」と位置づける。
消費できるあてのない大量のプルトニウムを持っているのに、「再処理推進」をうたう。
こうした現行計画の矛盾をどう乗り越えていけばいいのか。
問いかけは続く…。