
気仙沼で感じる地球の丸さ
ある夜、雪の舞う気仙沼駅で列車を降り、車を待っていると、隣に男性が立っていました。セーター1枚だけで、冬の気仙沼にしてはずいぶんと薄着です。荷物はナイロン地の小さなショルダーバッグ一つ。成田空港着の国際線の荷物タグがついています。
「寒いね。俺、今タヒチから帰ってきたところなの。やっぱりこっちは冷えるな」。聞くと、遠洋漁業の漁船の技師をしている方で、タヒチに停泊中だった船の仕事を終えて今、気仙沼に戻ってきたとのこと。船はまだ航海を続けているために飛行機で帰国したのだそうです。「かあちゃんが、お風呂あっためて待っててくれてるってさ」とうれしそうに帰って行きました。
こんなこともありました。あるとき、地元のカフェに行くと店が東南アジア系の若者で満席になっています。何事かと思ったら、その日は沖がしけており、カツオ船が気仙沼湾に避難したために、インドネシア人の若手漁師たちで街の飲食店が混雑しているとのこと。「風が吹けばおけ屋がもうかる」と言いますが、気仙沼では「沖がしければカフェが混む」なのです。
このように日常生活の中でいきなり海外を身近に感じることは、気仙沼では珍しいことではありません。気仙沼は人口7万人ほどの町ですが、遠洋漁業の港町であるため、海を通して世界中とつながっているのです。
昨今「グローバル」という言葉をよく聞きます。日本では漠然と「国際的な」といった意味で使われますが、英語ではもともと「球状の」という意味を持ち、球体としての地球を想起させる言葉です。気仙沼の人は、こうした言葉がはやるずっと前から、まさに地球を球体と捉え、海を通じて世界中とつながってきた真に「グローバル」な人たちであると感じます。
気仙沼ニッティング代表取締役・御手洗瑞子
