脳卒中内科病棟でのお話しです。

基本リハビリ内科病棟なので、身の回りのお世話とか、軽いリハビリを主にしていた私でした。

けど、まれに手術を受けられる患者様がいらっしゃいました。

その方には、ある処置をしないといけませんでした。

今は、もしかしたら、なくなってる処置かもしれません。
私が乳がん(ステージ0)の手術を受けた時、されなかったので。

けど昭和の頃は、必ずしてました。

それは「剃毛(ていもう)」でした。

要は手術の時に、体毛についた雑菌類を術野に入れない為に、手術前に体毛を剃る処置でした。

物品は床屋さんにある物を使っていました。

って、今もあるのかなぁ···。

陶器の楕円形の入れ物に、石鹸を泡立てる深い所があって、そこに泡立て用の、筆のような繊維のついたブラシを置ける場所と。
石鹸置き場が付いたものでした。

あと準備は
タオルとバスタオル数枚。

ピッチャー(50cm位の高さのある白く塗装された鉄の水、またはお湯を入れる物)と洗面器。

そして、床屋さんがひげそりに使われるナイフ型のカミソリ。

T字型カミソリなら、安心して出来るのですが、床屋さんのナイフ型カミソリは、見るからに怖かったです。

小さいけど、刀のように私には感じられました。

切れ味は、メスほどでは無いですが、めっちゃ良かったです。

だから余計に怖かったです。

しかも「剃毛」は、手術するところだけ、毛を剃るのではないんです。

たとえば術野が腹部とすると、胸から膝までが「剃毛」の範囲になりました。

これは手術中、万が一急変した時や。

術野を開いてドクターが診て、ここだけが病変してるんじゃない!となった時

素早く術野を広げられるよう、あらかじめ、怪しい箇所の、感染源となりうる体毛を剃っておくと言う、意味合いもありました。

それと手術されると、体に管が入ります。

管はものによってはドクターが縫い付けて固定する事もありますが。

尿の管とかは、管の先端のバルン(風船のように膨らむ場所。蒸留水を入れて膨らまし、管が抜けないようにする所)と、テープ固定してました。

ので、テープを付けやすいよう··。

また、テープ交換の時体毛があると痛いので、剃っておくと言う意味合いもありました。



本来手術を受ける患者様は、外科に入院されます。

けどベットがなかったり、患者様によっては、外科では対応できない方もおられる為、本当に少ないのですが、脳卒中内科から手術に行かれる場合もありました。

つまり「剃毛」自体、この病棟では、まれな処置でした。

私が入職して約9ヶ月で、初めて「剃毛」する事になりました。

私は「剃毛部位」が書かれた指示書と、床屋さんのカミソリ1本を持って、戸惑っていました。

指示書には「△△様 男性 剃毛部位→胸部から膝まで」と図もこみで示されていました。

···こんな1本の刀(カミソリ)で、全部剃れるの···と怯えていました。

それに1番大変なのは、陰部だと直感しました。
私はその時、お付き合いした人もいない頃でした。
ので、お身体を拭く時に見るくらいで、触ったことはほぼありませんでした。

お身体拭く時は、陰部は大抵ご本人にしてもらっていたからです。

あ、夕方の処置で、ユ〇ドームをつけた事はありましたが、短時間なのであまり気にしてませんでした。

私がぐずぐずしていると、
「何してるん!早くしいゃ!はよ準備しな、時間になるで!」
とG先輩に声をかけられました。

私は慌てて処置室に行きました。

その頃は確か夏やったと思います。だからクーラーが入っていました。

「剃毛」は全裸に近い状態になるので、お部屋をあたためとかなあかんのでした。

そして物品の抜けがないか確認し、お部屋があたたまるのを待ってから、△△様にお声をかけに行きました。

△△様もなんとも言えない顔つきで、付いてこられました。

前もって「剃毛部位」を伝えてあるので、複雑なお気持ちだったのでしょう。

私は私で。
床屋さんのカミソリ(刀)で上手く出来るのか、ドキドキしながら、△△様を先導してました。

こんな時は、患者様の不安をとる···と言うことさえ私は出来ませんでした。

自分が不安だから、患者様に何か声掛けしたら、余計に不安にさせそうで、言葉が出なかったです。

処置室について中に入りました。

お部屋があたたかいことに△△様は、驚いてはりました。

するとG先輩が、明るい声で
「今から手術で感染を起こさない為に、体の毛を剃らせてもらいますね。担当のGと多田です。よろしくお願いします。御手洗はすまされていますか?」
と△△様に話しかけはりました。

△△様はうなづかれたので、G先輩は

「ではこのベッドに横になって下さい。タオルをお渡しますから、下着は、パーテーションの所で脱いで下さいね」

△△様は覚悟を決めはった様な顔つきで、パーテーションの向こうに行かれました。

その途端G先輩は私の方に来て
「あんたも準備してや。手袋はめて、消毒。泡も立てといてや。落ち着いてする事、わかった?」
と耳打ちされした。
私は「はい」と言って、うなづきました。

そして沸かしていたお湯を人肌より少し高めに調節し、毛のついたブラシで石鹸をなで、泡を作りました。

「剃毛」した後の毛と泡をとる紙とタオルも準備しました。
準備してるだけやのに、手が震えました。

実はこの時は知らなかったのですが。
てか最近まで知らなかったのですが。

私は「本態性振戦(ほんたいせいしんせん)」を生まれつき持っていたんです。



振戦(しんせん)とは震えることです。

これが高校の頃分かってたら、私は看護の道に進まなかったでしょう。

つい1月前に分かった事なので、今更ですけど。

私に採血や処置された患者様方···本当にごめんなさいです💦と言って回りたい気持ちになってます。

話し戻して、△△様の「剃毛」も、揺れてる手でさせてもらいました。
勿論振戦の事など知らなかったから、緊張してるんやな···と思ってました。

それでも精一杯深呼吸して、自分を落ち着けました。

△△様の準備が出来て、ベットに横になられたので、「剃毛部位」の1部、胸部を出していただいて、後はバスタオルでおおいました。

そして
「今から泡をつけさせてもらいます」 
と声掛けして、そっと泡を乗せました。

「熱くないですか?」
と声をかけると大丈夫と答えられました。

いよいよ床屋さんのカミソリ(刀)の出番です。
そろそろ〜と泡ごと体毛を剃りました。
けどまだあまり体毛がなくて、泡しか取れませんでした。

それでも油断することなく、床屋さんのカミソリ(刀)を動かしました。

今なら
「全集中!剃毛の呼吸 壱の型 桃の毛剃り」
と思ったかもしれないです。

胸部は平で剃りやすいですが、持ってるのが切れ味のいいカミソリ(刀)だから、処置が進むにつれて、私は汗だくになって来てました。

G先輩は時々小声で
「ここ残ってる」
と教えて下さいました。

そして胸部の次、腹部に移動しました。
腹部も胸部と同じで少し盛り上がっていましたが、ほぼ平で、呼吸による動きも緩やかだったので、何とか剃れました。

そしていよいよ、難関の陰部に移動しました。


G先輩は、腹部まででも時間がかかってることをそっと注意され。

「手早く正確に。Op前に傷作ったらあかんよ」と言われました。

「は···はい」
と答え、私は陰部に挑戦し始めました。

すぐに分かりました!!
ここは違う!!
皮膚が突然動く!!
えーなんで?さっき剃った所に体毛が残ってる?!
あ!
そうか!緊張された時に皮膚が体毛を巻き込んで縮むんや!!
えーこんなんいつ終わるかわからんやん!!
いや待て落ち着け私!
皮膚を広げたらええんや!
あと傷はあかんから、もっとそっと、すっと剃るんや!

と物凄く色々考えながら、陰部と格闘してました。
気がついた時には、私の前髪が陰部に当たってました。

皮膚を広げるのに必死で、めっちゃ至近距離で「剃毛」をしてました。

その時我に返った私が思った事は
「生まれてこのかた21年間、彼氏もおらんのに、こんなんなんかヤダ」
でした。

ヤダだけど、お仕事やし、傷つけるよりは断然ましやから、私は開き直って作業を再開しました。

そして難関が来ました。

え···と···う···裏側どうしたらええんやろ?

手が4本あったら2本で裏返し、後の2本で広げて剃れるけど。
私2本しか手がない!←当たり前(笑)

私が悩んでると、G先輩が
「ここはな、患者様に持ってもろたらええねん。△△様上向きに押さえて下さい」
と言われました。

あ、そうなんや···。
思いもよらへんかったわ。
と思いつつ、必死で最後の難関を乗り越えました。

そして残すは太ももだけ。

陰部と違って皮膚が動かへんし、剃る面も広くて、とても剃りやすかったです。

そして指示された部位は全て終わりました。

最後にあたたかいタオルで、残っている石鹸成分を拭き取りました。

処置が終わったのは約1時間後でした。
私は青くなりました。

時間かかり過ぎやん(∩´﹏`∩)

お部屋をあたためてたとしても、1時間も裸同然でじっとしてくれてた△△様に、申し訳ないと思いました。

ので、素直に
「時間かかり過ぎで申し訳ごさいませんでした。寒かったでしょう」

すると△△様は


少し顔を赤らめつつ

「いえいえ大丈夫ですよ。気持ち良かったんで♬」

と言われました。


私は
「ええ!」
と答えることしか出来ませんでした。

本当は寒かったり、怖かったと思うのに、わざと明るく答えてくれはったのかな?

それともなんかわからんけど、気持ち良かったのかな?

今も謎です。

どっちもかなぁ。けどやっぱりなんかやだ···と思いました。

そやけど、ほんまなら半分の時間でおえなあかん処置やのに···△△様···ありがとうございました。

ちなみに、G先輩にも時間かかり過ぎは、注意を受けました。

それでも、患者様の前で指導する時に、そっと耳打ちして下さったのは、とてもありがたかったです。

大声で言われたら、患者様が
「こいつは初心者か!!嫌やな。怖いわ〜💧」
と思われて、余計に緊張させてしまい、それにつられて私も緊張してたと思うからです。

G先輩の優しさを、私も見習いたいと強く思いました。

後日談。
ドクターが
「△△様さぁ。ようけ体毛残っとったで。もっとちゃんと「剃毛」練習しゃなあかんわ」と言われました。
本当心から 申し訳ごさいませんとしか言えない私でした。

やっぱ刀(カミソリ)が怖すぎるねん!と思いつつ(´TωT`)