marumarukomichiの不動産ブログ

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なるべく不動産業について書こうと思っております。。

Amebaでブログを始めよう!
すっかり寒くなってきましたね。日中と朝夜との寒暖差が大きくて体調の管理が大変ですが、アウターで調整するなどして気をつけて過ごしましょう。お子様のいらっしゃる方は特にですが、インフルエンザの予防接種もオススメします。

このブログを書き始めて2週間ほどが経ち、幾つか記事を書いている内に自分に合った書き方が掴めてきました。社会人になって以降、文章を書くと言えば仕事や取引に関連するもの、いわゆるビジネス文書ばかり。こういったものは定形文といった要素が強く、ある程度パターンが決まっている為、書けども書けどもなかなか文章力が向上してこないと感じておりました。

句読点の打つ位置、似たような言葉を省いたり、主語と主語を入れ替えてみたり、、読み手が違和感なく滑らかに読み進めていける文章を作るというのは意外と難しく、苦戦の連続です。ブログを書くこと自体にあまり時間も割けないので、いかに速く、いかに的確に、いかに滑らかに、を勝手にテーマとして掲げてやっていきたいと思っております。
尚、仕事とは無関係で行なっております都合上、不動産業のことはあまり頻繁には書きません。
需要に求められれば、書こうと思います。


さて、タイトルの「肩で着る」とは、ジャケットのことですね。企業にお勤めの男性であれば、スーツを身に通すことが多いと思います。皆さんの周りでも「ジャケットのサイズ感がおかしいなぁ」と思う人はいませんか?ジャケットほど、自身の体へのフィット感が重要なアイテムは他にあまりないのではと思います。

私はジャケットが苦手です。仕事柄スーツは着用しますが、それ以外では冠婚葬祭を除いて基本的にジャケットは着ません。理由は、一年を通して体重の増減が激しい体の為(このことについてはいずれ記述します)、体のサイズがいつも同じではないからです。例えばブルゾンやコート、ボタンシャツやニット類、パンツでいえばジーパンやスラックスであれば、多少大きくても他のアイテムを上手く併せて「崩した着方」ができます。これは「体で着る服」だからです。ジャケットは唯一「肩で着る服」です。つまり自分の肩幅にジャストサイズでなければ、どう頑張ったところでカッコ良く着ることができないのです。これは間違いありません。

人の体は常に一定ではありません。年を重ねたり、ちょっとしたきっかけで体型は変化します。
微妙な体型の変化で印象が左右されるジャケットは、いつも着るのを躊躇ってしまいます。

好みのジャケットをカッコ良く着れるよう、自分の体型と常にストイックに向き合う姿勢が大切ですね。


プロ野球の日本シリーズ、ソフトバンクが日本一に王手です。ヤクルトも昨日は山田に3打席連続ホームランが出て流れを呼び戻したかと思ったのですが、やはりソフトバンク強し。
特に、ソフトバンクの抑え投手のサファテが良すぎます。あの急速をあの球威で投げられると、なかなか打てません。
どんなスポーツであれ、体の大きい人が有利なことは間違いありません。しかし、体の小さい人がいつだって負けるというわけでもありません。体の使い方というテクニック次第で、いくらでも挽回は可能です。

次回は「運動神経」について述べたいと思います。ご期待ください。
「読売巨人軍、来季監督を高橋由伸へ要請」

10月20日、衝撃が走った。現役続行を希望していた高橋由伸は、その3日後、潔くその要請を受諾したのだった。

無冠の天才、高橋由伸。
慶応義塾大学から、ヤクルトを逆指名すると思われていたがまさかの巨人を逆指名。
1年目より天才ぶりを如何なく発揮。中日ドラゴンズの川上憲伸と新人王を争った。
2年目には同僚の松井秀喜、ヤクルトのロベルト・ペタジーニと激しいホームラン争いを繰り広げたが、シーズン終盤、守備の際に外野フェンスに激突。鎖骨骨折の重傷を負い、戦線から離脱した。以降、度重なる怪我や故障に悩まされるも、巨人軍の生抜きスター選手として主力であり続けた。
プロ生活18年でベストナイン2回、ゴールデングラブ賞7回。走攻守、全てにおいてハイレベルな水準だったが、主要打撃部門でのタイトル獲得は無し。広島カープの前田智徳と同様、故障に悩まされ「無冠の天才」と称される。

私は大阪出身大阪育ちにも関わらず、父の影響で幼いころは巨人ファンだった。原辰徳の引退後、松井秀喜をも凌ぐスター性を持って入団してきたのが高橋由伸だった。
打つ姿が、守る姿が、走る姿が、全てがカッコ良かった。野球選手らしからぬ端正な甘いマスク。広角に打ち分ける抜群の打撃センスは言うまでもなく、ホームランを量産するパワーも備え、守備ではダイビングキャッチや強肩で何度もチームの危機を救った。

彼のプレーには華があった。そして魅力的だった。プロ野球選手として子供たちのヒーローであり続けた。彼に憧れ野球を始めた少年は数え切れない筈だ。

今年はコーチを兼任し出場機会は少なかったが、代打での打率.395。天才的なバッティングセンスに陰りは見えなかった。
彼ほどの選手が、引退試合も無しに選手生命を終えるのはとても残念だが、間違いなく一つの時代を作った選手として、美しいプレーの数々は我々の記憶の中に残り続けるであろう。

来季は金本知憲が阪神タイガースの監督を務める。ヤクルトスワローズの現監督である真中満も、現役を退いたのは2008年。私が中学、高校のころに現役で活躍している姿を目に焼き付けてきた選手が、監督やコーチとして再びグラウンドへ立つ時代が来た。世のお父さんたちがいつまでもプロ野球に情熱を傾ける理由が、私にも少しずつ解り始めた。

読売巨人軍は、常に紳士たれ。読売巨人軍の監督に就ける人物は、限られている。
長嶋茂雄が初めて監督に就いたのが39歳。高橋由伸は来年で41歳を迎える。
もはや巨人の一強時代はとっくに終焉を迎えている。上原浩治と松井秀喜がMLBへ挑戦して以降、絶対的なエースと4番は現れていない。若き青年監督は、再び黄金時代を築くことができるか。

来年は缶ビール片手に、プロ野球中継を楽しむ日が増えそうだ。
「私は才能がないから」 「センスがないから」 というのは、如何にも詭弁。
それを口にするだけの努力を、本当にしてきたと言えるのか、ということ。

時代は日々、移り変わる。人も、仕事も、風向きも。
立ち止まっていたら取り残されていく。現状維持は、すなわち退化。





才能ではなく、気概一つ。
平凡に生きて、アイデアは生まれない。

楽器ができなくたって、鉛筆一本で音楽は作れる。
環境音楽。この言葉を聞いた事があるでしょうか。
ただ空間を漂う為に作られた音楽。
木々の揺れる囁きのように、人々の吐息のように。

喧騒に追われる毎日の妨げにならぬよう、緻密に計算された音の選択と配置。
例えば一日の始まりに、例えば一日の終わりに、私たちを無意識のうちに癒しへ導いてくれる。



環境音楽、アンビエントミュージックの先駆者、Brain Eno(ブライアン・イーノ)。
音楽家であり、名プロデューサー。

このアンビエントシリーズを初めて聴いた時、そのコンセプトにガツンと頭を殴られた。
既存の「音楽」の逆を突く発想。敢えて耳に残さない曲作り。

御歳67。現代の全音楽シーンに多大な影響を与え続ける、最重要人物。生ける伝説。



本日はプロ野球ドラフト会議です。どんなドラマが待っているのでしょう。
当時、音楽への憧れと熱意を捨てきれず、サラリーマンをしながら宅録でシコシコと作曲をしていた私は、ジャジーな声を持つ赤髪の16才のフロントマンに、完膚なきまでに打ちのめされた。



良い音楽を目の当たりにした時、別に競っている訳ではないのに勝手に生まれる心地よい敗北感と無力感って、あると思う。

ここ最近は表立った活動量が減り、新しい曲にも暫くお目にかかっていないが、いつかまた、その素晴らしい才能を惜しげもなく見せつけてほしい。そしてその度に、何度でも打ちのめされたい。
みなさん、こんばんは。
先日のミスチルアルバムBEST3の記事を読んで頂いた方、ありがとうございます。
お陰様で私の稚拙な文章にいいねが5つも付きました。5名の方々、本当にありがとうございます。

前回の記事、個人的には結構快心の出来だったのですが笑、アクセス数は激減しまして、全く100アクセスに届きませんでした。前々回と同じく、Mr.Childrenについて書いたのですが笑。アクセス増減のカギって一体何でしょう。もう少し色々な記事を書いて様子を見たいと思います。

さて、本日は宅地建物取引士の試験でしたね。受験された方、手応えの方は如何だったでしょうか。
今年は問題が難しかったのか、解答速報を見ると合格推定点が31±1と出てますね。
宅地建物取引士の資格は、重要事項の説明をする権利を与えられる、非常に重要で且つ不動産業への転職にとても有利な資格です。合格の為の目安勉強時間は大よそ300時間。合格率は15%程度でしょうか。宅建業法や権利関係等、不動産業に携わらなくても、マイホームの購入の際などに役立つ資格でもあると思いますので(不動産屋に騙されないように)、興味のある方は是非、来年受験されてはいかがでしょうか。毎年10月の第3日曜日が試験日です。


昨夜、ヤクルトスワローズが14年振りにリーグ優勝に輝きました。今回の記事はヤクルトスワローズの日本人クリーンアップカルテットについて書こうと思っておりましたが、それは次回に持ち越します。今回は別に書きたい記事があります。不動産業に携わるものとして、一社会人として、このことに触れずにはいられません。


三井不動産レジデンシャルが販売した「パークシティLaLa横浜」の杭打ち工事データ改ざん問題です。ネットでは「ピザの斜塔マンション」などと言われておりますね。マンションの住人達の怒りは想像を絶します。

この事件の詳細については、毎日のようにニュースやワイドショーで取り上げられている為、私から説明することはないと思います。私が言いたいことは他にあります。

今回の事件は、旭化成建設の社長の言葉にもあるように「改ざんはミスではなく悪意」によって起こりました。「悪意」によって、です。この言葉を聞いてゾッとした社会人の方は多いのではないでしょうか。

そう、この社会には悪意が蔓延っています。むしろ悪意だらけです。昨年のベネッセ顧客情報流出問題の際に、「これはこの社会の氷山の一角です」と知識人がテレビで言っていました。本当にそうだと思います。自身の周りを良く見てください。机の上に個人情報をどっさり置いたまま帰社する人、机や棚に鍵をかけずに帰社する人、お客様リストを営業に持ち出し車内に置いたまま車を離れる人。。コンプライアンス違反をしている人だらけです。たまたま、今回のように大きな事件になっていないだけで、この社会は悪意に満ちています。大きな組織になればなるほど、経営理念の真意は末端まで届かず、ボトムアップではなく強烈なトップダウンの社風。ルールやモラルは崩れ、お互いがお互いを見て見ぬふり。厳しいノルマに、既定の時間では到底終わらない仕事量。経緯よりも結果を求められ、家族の生活の為に良心を見失う人たち。最近では東芝の利益水増事件が記憶に新しいですね。

下請けに関して言えば、ミスを元請けに報告するのではなく上手く隠すことができるのが良い下請け、要はミスを報告できない空気があるんだと思います。そういう空気感から悪意は生まれます。KY(空気を読むことができない奴)という言葉が一時期流行りましたが、空気を読む人ほど、悪意に手を染めてしまいがちなんだろうなぁ、と。

今のところ、下請け業者である旭化成建材が全ての責任を被るかたちになっていますが、現在、旭化成建材が杭打ち工事をした他の3000棟ほども調査対象になっています。パークシティLaLa横浜の住人への保証だけでも200億円以上と言われています。単純に3,000万×700世帯での計算ですね。建替えになった場合は慰謝料プラス建替えの間の住居提供でしょうか。。人の気持ちはお金では買えないとはいえ、誠意はお金でしか表せません。旭化成建設の社長が、若しくは三井不動産レジデンシャルの社長が住人全員の前で土下座をしたところで、誰が納得するでしょうか。誰が許すでしょうか。誰が誠意として受け取るでしょうか。

他の3000棟の内、仮に同規模のマンションで同じような事態が100棟見つかったとしたら、保証額は20,000億円に膨らみます。母体の旭化成株式会社が一気に傾きますね。多くの社員が路頭に迷います。
改ざんをした当事者の社員は懲戒解雇どころじゃ済みません。刑事告発され、家族も一緒に後ろ指を指され、この先の人生、大きな十字架を背負うことになります。

今回の三井不動産レジデンシャルの事件は対岸の火事にあらず。「私は大丈夫」と過信している人が事故を起こすんです。働くことの意義は、世の中の役に立つことです。社会の歯車になることです。その歯車を自らの手で壊すことの無いよう、今回の事件を反面教師として、今一度、自身の足元を見つめ直しましょう。


今回は真剣に語ってしまいました。。
次回はヤクルトスワローズが誇るクリーンアップ日本人カルテット、3番:山田、4番:畠山、5番:雄平、について言及する予定です。首位打者のタイトルを獲得した2番:川端も忘れてはいけませんね。

野球における得点源の打順は3番、4番、5番です。一昔前の読売巨人軍で言えば、3番:松井秀、4番:清原、5番:高橋由、でしょうか。最近はここの打順に外国人を据えている球団が殆どです。巨人はアンダーソン、広島はエルドレッド、阪神はマートンとゴメス、中日はブランコ、、等々。
外国人打者を主軸に据える近代野球において、クリーンアップに日本人を3人並べて、しかも3番と4番で本塁打王と打点王を独占するなんて、何てロマンに溢れているのでしょう!

ヤクルトスワローズ、リーグ優勝おめでとう!君たちなら、日本シリーズでソフトバンクホークスを撃破できます!日本中の野球大好きおじさん達の願いです!是非、日本一に!!


それではまた!
秋の夜長、皆様いかがお過ごしでしょうか。
今年は厳しい残暑の為、短い秋となりそうです。

未だに日中、Tシャツで歩いている人を見かけますが、いくら暑いとはいえもう10月半ばです。
季節感の無い人とはあまりお付き合いしたくありませんね。。

本日は仕事の方が早く片付いたので、この時間からのブログスタートとなります。

さて、前回ミスチルについて語らせて頂いたわけですが、何と一日で100アクセスを超えました。
このアクセス数は、どこにもリンク付けされていない私の投稿2回目のブログとしては驚異的な数値だと感じておりますが、実際のところはどうなのでしょう。100アクセスはみなさん当たり前ですか?
私のブログへの侵入経路が気になるところですが、「ミスチル」というワードが人を引き寄せたことは間違いなさそうですね。

ということで、今回も不動産については一切触れず、またしてもミスチルについて語りたいと思います。アクセスの伸びに期待します。


我々の世代(30才~40才)で、今まで一度もミスチルに興味を示さず生きてきました、という人は殆どいないのではないでしょうか。よっぽど若いうちから音楽の趣向が強く、小学校低学年で洋楽メタルやHipHopに目覚めた人でなければ、1枚はミスチルのアルバムを所持しているでしょう。

かくいう私も、今となってはミスチルという言葉を聞いてもさほどテンションは上がりませんし、コンサートにもそこまで行きたいと思いませんが、アルバムに関してはきっちり「REFLECTION」まで、18枚全て揃えております。ええ、青春時代を共に過ごしたアーティストなので、新譜が出るとつい買ってしまうのです。

皆さんは、ミスターチルドレンのアルバムでどれが一番お気に入りですか?

彼氏とラブラブな時に聴いていたアルバムだから思い入れがある、若しくは適わぬ片思いの人を想い聴いていたアルバムだから心に残っている、等々、各々お気に入りの一枚、お気に入りの一曲がある筈です。
ここからは、私の勝手な主観と偏見によるお気に入りアルバムBEST3を、簡単な理由を添えてご紹介したいと思います。皆さんの中に「このアルバムはあまり聴いていなかった」という人がいれば是非、参考にして頂ければ幸いです。まぁ、全18枚のアルバム、どれも僅差ですし、完全な主観なので参考になるかどうかはわかりませんが。。


第一位 ●「深海」

ポップなミスチルが好きな人からは好まれないであろうアルバムですが、敢えて一位に推します。理由として、自分が青春真っ只中に発売されたアルバムだから、というのが一番大きいですね。深海というテーマを貫いたコンセプトアルバムで、M-2のシーラカンスが傑作。「左脳の片隅で君を待ってる」っていうフレーズ、何で左脳なん!?て当時思ってました。一曲一曲のインパクトは次作の「BOLERO」に劣りますが、シングル曲を殆ど収録しない潔さにより、アルバム一枚としてのカッコ良さは一番だと思います。前作「Atomic Heart」からの流れを汲んだ(私はそう思っている)、ビートルズ路線からの決別のアルバムだと思っています。ただ、間違いなく、ミスチルのアルバムの中で一番暗いです。後に一度だけ、深海の収録曲を順番を変えずに演奏する「深海完全再現ライブ」を行なってます(BOLEROのツアーだったかな)。


第二位 ●「Q」

めちゃくちゃ素晴らしいアルバムです。全ての曲が主張し合ってるのに綺麗に一枚のアルバムとして成立している不思議。全曲素晴らしいですが、M-7 十二月のセントラルパークブルース と M-8 友とコーヒーと嘘と胃袋 がお気に入りです。先にも後にもない、唯一無二の二曲ですね。あと、人気曲 M-9 ロードムービー、M-11 口笛 も収録! M-3 NOT FOUND や M-6 つよがり も良いですね。本当、桜井氏の作曲技術を縦横無尽に詰め込んだ、おもちゃ箱をひっくり返したような素晴らしいアルバムです。一番ミスチルらしくて、一番ミスチルらしくないアルバム。聴いたことのない人は是非!


第三位 ●「IT'S A WONDERFUL WORLD」

このアルバムが発売された当時は大学生でした。当時お付合いしていた女性と自転車に二人乗りをして、一緒に M-2 蘇生を口ずさんでいたものです。単純に一番良く聴いたアルバムで、M-9 Loveはじめました、M-10 UFO、 M-11 Drawing、この三曲の流れが特に好きです。今でもこの三曲を延々リピートして聴いてしまいます。全体的にはこれもミスチル的なポップとは言い難く、だけど暗くも激しくもない、穏やかなイメージが付きまとう不思議なアルバムです。M-6 youthful days、M-12 君が好き、M-14 優しい歌、の強力なシングル三部作を含んでいるところもGood。このアルバムが発売された後、桜井氏が病に倒れ、レコ初ツアーは無し。年末に復活祭として横浜アリーナにて一夜限定ライブが行われました。先日家の掃除をしていた際、その一夜限定ライブのDVDが出てきました、桜井氏が若い。。


次点 ● 「SENSE」

何せM-1の I がカッコいいです。あと、何気にM-4のI'm talking about Lovin'が好きです。「Friendじゃ辛いけどThe Endになるくらいなら慌てなくていいや」って歌詞、この歳になってもわかるわかる!ってなります。。全体的ににポップな曲が多いのですが、通して聴くとポップな印象は薄れてダークさを帯びている気がします。M-6のロザリータがこのアルバムイメージを象徴しているかな。良い味を出してますね。一曲一曲の完成度は高いのに、アルバムの流れとしても自然な、良作です。ただ63分はちょっと長いかも。このアルバムも人気は低いかもしれませんね。ジャケットも素晴らしい。


この他のアルバムも殆ど僅差です。前回紹介した「BOLERO」を何故ランクインさせなかったかというと、一枚のアルバムとしての統一感を欠いているからです。タイムマシーンに乗っては本当カッコ良い曲だと思いますし、幸せのカテゴリーだってメロディーと歌詞の調和感が素晴らしいです。ただシングル曲をあれだけ詰め込んだことによって全体のバランスが崩れてしまっているのが惜しいところですね。「深海」との対比で敢えてそういう風に作ったのかもしれませんけど。

「I LOVE YOU」も「シフクノオト」も「KIND OF LOVE」も「SUPERMARKET FANTASY」も、その他も全て素晴らしいアルバムです。初恋であったり、失恋であったり、希望や絶望など自身の岐路に直面した時、ふと心へ寄り添って人生を彩ってくれた曲を、人は無意識のうちに特別なものとして扱っているのかもしれませんね。


如何でしたでしょうか。ランクインした中でちゃんと聴いたことのないアルバムがあれば、是非、じっくりと聴いてみてください。きっとこの先の生活を豊かにしてくれます。

次回こそは、必ず本業の不動産について書きたいと思います。

乞うご期待っ!
月日が経ってみりゃジェントルマン~

皆さんは学生の時分、どんな音楽を聴いていましたか?


私が学生の頃は、なんせMr.Childrenの全盛期。いわゆる、ミスチルです。

出す曲出す曲がミリオンセラー。イノセントワールド~名もなき歌までの、あの時代に青春真っ只中に居ました。ミスチルの曲を耳にしない日がない時代。

そして昼の校内放送で流れてきた曲が、タイトルの歌いだしのこの曲だった。

アルバム 「BOLERO」 が発売された翌日だっただろうか。聴いたことのないギターフレーズに叩きまくるドラムで始まるイントロ。どこのロックバンドだと思っていたら、桜井氏のあの声。5時間目が終わってCD屋へ買いに走りました。

このアルバムのミソは、シングル曲以外の曲がカッコ良いこと。

そして音が良い!


「タイムマシーンに乗って」
「Brandnew my lover」
「傘の下の君に告ぐ」
「ALIVE」
「幸せのカテゴリー」


今でもLIVEで演奏するのはALIVEぐらいかなぁ。他の4曲は、深海再現LIVEの時ぐらいでしか演奏してないのでは。それぐらいLIVEの印象が無い曲ばかりです。

特にタイムマシーンに乗ってのリリックは別格で、当時の桜井氏の神懸り方は凄かった。前作 「深海」 にしろ、芸術家たるものはやはり心のどこかが病んでいる時の作品こそが素晴らしいと思います。健全な精神の時に作った作品なんて、誰が観たい、聴きたいと思う? 「i wanna be happy~♪」 な曲なら聴きたくない。

ミスチルの真骨頂は、「我々凡人の代弁者」 だと人は言います。地位も富も名誉も築いた人なのに何で私たち凡人の気持ちがわかるの!?素敵っ!!表向きは、です。

でも本当の真骨頂は、「我々凡人の理解の届かないことを歌う」 曲だと思う。桜井氏自身のことを歌った曲こそがミスチルの真骨頂ですよ。それこそがアーティストの価値ですよ。凡人に理解不能な桜井氏の頭の中をもっと歌って欲しかった。

「旅人」 なんて、表向きは人生の応援歌ですが、あれこそ正に桜井氏の不倫そのものです。「恋に身を投げるロメオ」 とか 「裸で抱き合って隣人と将来などを不安な想いで見つめんだ」 とか。女性から女性へ俺は旅をする、と言っているわけで。

全部見ていくとめちゃくちゃな歌詞です。ホンマに。自己中極まりない。笑

こういう曲を、あの当時にもっともっと作って欲しかったなぁ。

因みに、桜井氏の凄さは作詞能力よりも作曲能力にあると、私は思っております。


今思えば、BOLERO発売の翌日に校内放送でタイムマシーンに乗ってを流した奴、誰やったんやろ?
あのアルバムでそれ流す?普通シーソーゲームとかEvrethingとか行かない?笑


次回こそはちゃんと不動産業について書くつもりです。。

1を10に膨らませることは才能ではない。それはセンスである。0から1を生み出す能力こそが、才能。
才能とセンスは、天と地の差どころか、そもそも比較する対象同士ですらない。
ラグビー日本代表、エディジャパンが南アフリカに勝利した。それがどれほどのことであるか。例えると、桐谷美玲があの霊長類最強と謳われる吉田沙保里に、ガチのレスリングルールで勝利してしまう程のことらしい。
しかし、才能とセンスは、そんな例え話にすらできない。だって比較の対象ですらないから。



「才能」と「センス」は、全くの別物。センスは作れるが、才能は作れない。
圧倒的大多数の人、所謂 「凡人」 は、自ら作り出したセンスを日々黙々と研ぎ澄ましていくことに精進していくことになる。センスは磨けば磨くほど洗練されていき、出世競争、三角関係、度重なる人生の試練を次々に乗り越えていく為の強大な武器となる。自信を助長し、貫録を醸し出し、ついには人生のピークに手を掛けることとなる。

そんなとき突然、目の前に圧倒的な才能を持った人が現れる。いつだってそう。
凡人が長い年月を懸けて研ぎ澄ましてきたセンスによって創造し、今や無敵とのたもうてきた成功という肩書が、いとも簡単に打ち砕かれてしまう。才能を持った一人の人物によって。

もう一度、言う。才能とセンスは、比較の対象ではない。全くの別物である。

「凄い10代が現れた!」 「この少年は100年に1度の逸材だ!」
なぜ人は、若い、才能あふれる人物を、まるで新世界の始まりかのように賞賛するのだろう。
才能に年齢は関係ない。10代だから、というだけでは私はもはや驚きすらしない。

才能とセンスは、闘うことをしないのである。闘えないのである。別物だから。
才能を持った人に出会ったことによって、センスを磨いてきた人が打ち砕かれること自体、そもそもおかしいのである。才能とセンスを闘わせようとすること自体が、既にナンセンスだ。

だけど凡人は、いつも才能ある人物により打ちのめされる。いや、打ちのめされた気になる。
その結果、劣等感を刻まれ、自分の努力不足を呪い、二度と立ち上がれない程、心が疲弊する。

。。。

凡人はまた、立ち上がろうとするのである。打ち砕かれてそこら中に飛び散ったものを、時間をかけて、必死に拾い集めようとするのである。

その過程を経て、センスはもう一つギアを上げる。大きなエンジンに積み替えられる。才能に 「負けた」 という幻想を抱いた結果、凡人は更なる高みへ踏み入るのである。

才能とセンス。相見えることのない、二つの能力の物語。

そもそも、誰しもが何かしらの才能を持って生まれています。自身の隠れた才能を見つけることなく、日々を過ごしている人の総称が、凡人。凡人は才能の代わりにセンスを見つける。


私には、文章を構成する才能はないみたいですね笑。センスを磨かなきゃ!!!

次からは携わっている不動産業について書こうと思います笑。