みのるパズル&なう工房

みのるパズル&なう工房

職業も肩書きも無いし要らないなと言うと怪訝な反応されるので、とりあえずパズル作って売るお仕事ですと答えてる。
堅苦しいけどSliding Block Puzzle Designerは対外向け用。通用してるのでこれでOKにした。

 

 

以前も書いたような気がするけれど…気紛れな閃きをカタチに置き換えて、幸運にも新作らしきパズルに辿り着けた後には、名前を付けると言う厄介な作業が待ち構えている。叩けばパズルの出る体と思われた80年代半ばの頃は、ネーミングに困りかねて新作そのものをお蔵入りさせた事もある。

 『Climb-12』はすべての始まりの作品『Block-10』の試作中に自然発生したClimbシリーズの1つで愛着のある作品だけれど、『上がり』までの道筋が曖昧過ぎてスッキリとしない。以前『解析データ送りましょうか?』と言う親切な悪魔?の誘惑を丁重にお断りした事もあり、
今更白旗上げるわけにもいかない。自分で考案した作品に悶々とするのも良いかな…

敗北感と強がりが交錯する。
 それはともかくペースメーカーを埋め込む手術で、突然の失神転倒はしなくなるので車の運転に支障はないとのと説明受け、免許を更新し中古車を購入し取り敢えず年内は今の仕事を続けて来年は来年にお任せする事にした。

 

 スーパーに入った直後に失神転倒。意識が戻ったのは手術台の上だった。ザックリ割れた頭皮止血と縫合が終わって担当医と相談。原因不明の失神転倒が続くので心臓モニタを植込む事になった。
20年ほど前までは商売に精を出し資金を蓄えて、誰でもパズルを楽しめる施設を残したいと言う想いがあった。古い話になるけれど数年間原因不明の出血が続き小学5年の夏、百分の一にも満たない望み薄の手術で右の腎臓を切除。それ以降は若干の制約はあるものの大きな病には遭遇せず過ごしてきた。しかし2004年心筋梗塞で倒れて以降、眼球、脳、甲状腺等々体のアチコチに不具合が見つかり格闘する羽目になり、夢は夢のまた夢物語になってしまった。

今回はその場に居合わせた多くの人たちに支えられて一命を取り留めたものの次は分からない。医師の勧めとはいえ車を運転をしない事には相当抵抗感があったけれど、運転中に失神して他人を事故に巻き込んでしまう事を想像すると空恐ろしい。未練はあるけれど後悔は無い。車を処分し免許も返納する事にした。
転倒から一か月過ぎても以前の状態には戻っていない。オミクロンの急拡大で今年も休業状態は続くし急いで製作すべき物もない。それでも痛みが和らぐと本能的に作業部屋へ向かう衝動に駆られる自分がいる。パズルの旅はまだ続くのかもしれない…。焦らずゆっくり行こうが合言葉になった。

 

パズル創作にもスランプはあるのだろうか?
それとも閃きから見捨てられただけの事なんだろうか?
考える事が億劫になり新作はもう終わりかなぁ…

諦め気分ではいるものの、
脳の何処かでパズルのカケラのようなモノがグズッていて、
何かの弾みにポロッと零れ落ちる事がある。
不意に浮かんではアッと言う間に消えてしまうイメージを
必死に紙に描きなぐるけれど…

遊べるモノに辿り着けるのは百に一つも無い。
それでもヒバの香りに包まれた作業部屋のドアを開けると、
失いかけた気力のようなものが回復する。
ラジオからはシンディ・ローパーやマドンナ等々80年代のROPが流れ、

懐かしさに浸りながら
作業台に散らばっている試作用のコマの残骸を

かき集めてはゴミ箱へ…!

そんな中で不意に閃いてこの作品はカタチになった。

 イラスト、デザイン、糸鋸、パズル、パソコン等々…

どれも身近に教わる人がいなかったので、
必要に迫られると必要なコトだけ独学我流で覚える方式だった。

それが災いして基本的な知識や技術は現在でも空恐ろしいほど欠落している。
それはともかく浮かんだアイデアを図面に描き止めたりカタチにする作業は楽しかった。
今回採用したキャラクターは80年代半ばには既に幾つかあったけれど、

パズルに使用される事は無く、お土産用の置物として少量製作されただけだった。
2021年6月、5ピースで構成された小さめの移動パズルの試作品が出来た時、

このキャラがベスト!名前もmeet youで決まり!

着想から完成まで2時間チョットの夢のひと時だった。

 15ピース前後のリンゴジグソーに夢中になっていた4才ぐらいの男の子。

時々虚ろな視線、深いため息、独り言等々助けを求めるサインは感じるけれど、残り数ピースて完成するので知らんふりする事に。

格闘の末最後の1ピースを入れた途端、展示中の移動パズル『クロコ&ダイル』を指さして
『これ遊べるの無いの?』

『あるけどそれって動かすパズルだよ』

『やってみたい!』
取り敢えず遊び用を渡したら即座にパラッと空けてしまった。
『ジグソーじゃないよソレ』

『アーッ!そのコマは底にくっついてて取れないよ。』

やり方を教えようとしても話を聞こうともしない。
バラバラにして二匹のワニを並べワクに戻してまた空ける。

その繰り返しを頭を上下に振りながら喜々として遊んでいる?ので好きにさせる事にした。


買い物が済んだおばあちゃんが戻ってきて

『サッ!帰りますよ。』と腕を掴むと

『コレ…買ってぇ?』

そう言うなり陳列していた『クロコ&ダイル』をムンズと抱きしめてそこから動こうとしない。

『それ何?』

『パズル』

『買ってどうするの?』

『遊ぶの。』
『ヘッ!オモチャは沢山持ってるでしょ』

『これ持ってない!』

『いくらするの?』値札を見たトタン

『ダメダメそんな予算もう有りません!』
腕を引っ張って商品を取り返そうとするけれど必死の抵抗にあいその場から離れられない。
『こないだ5千円もするガンダム買ったばかりでしょ!もう飽きたの?』

攻め方を変えようとしたものの
『あれはオモチャ、パズルじゃ無い!』

と返り討ちに会う。

おばあちゃん堪忍袋の緒が切れて猛然と実力行使!

商品を奪い取りしゃがみこんだその子の腕を引きずってエスカーレーターにまっしぐら。

その直後下の階から『ワニ~!』と泣き叫ぶ声。

覗いてみるとフロアに大の字になって叫んでいる。
鼻水と涙で顔中グチャグチャ。

迫真の訴え?が繰り広げられ、野次馬が次々群がってくる。

『ワニ?』

『ワニが出たの?』

『どこに?』
チョットしたパニックと笑い声が交錯する。

おばあちゃんは周囲に何度も頭を下げて、子供を抱き起し上りのエスカレーターに乗り再び来訪。
『コレでイイの?』

パズルをその子に手渡すとコクリと頷き、ズルズルと鼻水をすすって深いため息をついた。
『あのぉ…気に入ってくれたのは嬉しいんですが…チョット難し過ぎてお子さんには早すぎるし、

 遊び方もまだ理解してないですが…それでも良いんですか?』
『良いんです。私事ですが…この子がこんなに必死に欲しがってる姿、初めて見ました。』
『ガンダムの時はどうだったんですか?』

『あれはおじいちゃんの悪いクセで、良いだろ、欲しいか?欲しいだろで買ってあげたもので…』
『喜んでくれなかったんですか?』

『いえいえ、気に入ってはくれたんですよ。でも…この子の性分なのか何か買ってあげたくても、あまり
欲しがらないので…。そんなもんですからさっきは驚きました。』
『ここでパズルを遊んだのが良かったのか悪かったのか…?』
『いえ、いえいえ、スゴク良かったんだと思います、この子にも私にも。』
そう言うと深く一礼をしてここを離れかけたので慌ててその子に声をかけた。
『そのパズル、他の遊び方あるのは知ってる?』
『わかんない…後でおじいちゃんに聞く。』
去り際のおばあちゃんの柔和な表情と『クロコ&ダイル』を誇らしげに抱えたその子の無邪気一杯の笑顔。

20数年昔の催事での出来事なのに今でも時々思い出す。

※写真は1985年当時(多分)のモノ。『クロコ&ダイル』は今まで3度程リメイクされてます。

『ソロソロなんか目新しいモノ転がってない?』
忘れかけた頃に必ずかかってくる日系宇宙人氏から真夜中電話。

挑発と誘惑てんこ盛りの後でこの作品はゴミ箱から飯田橋に行き先が変更された。
8から1の順に並んだ数字を1から8にする移動パズルだったが、それでは余りにも無愛想過ぎると、
春夏秋冬と東西南北を入れ替えるデザインに。
ところが今度は『これじゃ日本人にしか解らねえべぇ~』と南部訛りでクレーム。
東京訛りの母に育てられた自分は津軽弁も南部弁も話せない。

電話の主は誰からうつされたのだろう?
二転三転して結局飯田橋指令で、既にある古典Pink&Blueの最新版

『Neo Pink&Blueにするべぇ~』と言う事に。
かつてのご託宣(Neo BLACK&WHITE)も同じ発想だったのだろうか…。
   『8並べ』  『春夏秋冬東西南北』 『Neo Pink&Blue』

3度のデザイン変更と改名をしたこの作品の考案時期は、
1985年から1988年頃の間のどこかとしか解らない。 (写真提供・パズルショップトリト)

   2013年9月8日、2020東京オリンピック決定を伝えるテレビのニュースに釘付けになった。その歓喜の光景を眺めていた時、興奮が醒めない内に何か新しいパズルを創りたいと思ったけれど…アイデアも閃きも無いままアッと言う間に色あせてズルズルと5年が過ぎた。
 2018年9月夏の催事が一段落し、そろそろ何とかしなくてはと曖昧な記憶を頼りに試作を繰り返して最後に残ったこの作品。改めて見直してみると1985年考案したneoBLACK&WHITEの試作過程でボツになったモノの1つと似ていた。これをそのまま採用するのは安直過ぎるので何にか一工夫を…。

2・0・2・0を2・02・0に1・9・6・4を1・9・64のそれぞれ3ピースの構成にしてみたらケッコウ複雑な動きが…。試作品を数日間プレイして取り敢えず『上り』は確認できたけれど手数は112からは縮まらなかった。いずれ誰かが解析してくれる…これでOK!。久しぶりにカタチになれた新作なので販売用も幾つか製作してひとまず終了。


 2020年ついにオリンピックイヤー!手元の【1964 to 2020】をプレイしながら懐かしい様な嬉しい様な…と悦に浸っていたのもつかの間、突然のコロナ禍で来年に延期……。
 東京開催で沸き立つニュースから閃きを貰い、古い作品に手掛かりを探しボツ寸前でカタチになれたラッキーなパズルは、気づいてくれたらハッピー!感覚で1964 to 2020と名付けた。

先日開催絶望的か?と言う海外ニュースに、なんともやり切れない想いがするけれど2020が2021になっても、万が一中止になったとしてもタイトルの変更はしない。閃きをくれたオリンピックに感謝!
               (写真提供・パズルショップトリト)


   80年代中期に試作された移動パズルには名前も無く解析もされていないモノが多く、この作品もゴミ箱行きするにはチョット未練が残りそうだったので落書き帳に書き留めておいた図面の1つだ。手数は解らないけれど簡易の試作品で『上り』は確認してあった。
   数年後近くの文房具屋で見つけた数字のインレタを使って何個か販売用にとカタチにし、一応【TEN】と命名されてコレクターやマニアの手に渡り…そして忘れさられた。
それからまた数年を経てパズル仲間から

『あれって阿部さんの考案したパズルで良いんだよね?』

と確認メールがあったので、ついでに自分の作品の多くが掲載されているニック・バクスターのサイトを覗くと146手とあり、他人事のように

『手数そんなにかかるんだ!』と驚嘆したのを今でも覚えている。
 2020年9月から始まった復刻版製作で30数年振りによみがえったTENをプレイしてみたが、解析能力の著しい劣化に溜息が出るばかりだ。

こんな状態で新作なんか創れるんだろうか?もしパズルを創る事が自分の旅だとしたら今どこら辺に居るのだろう?始まりは覚えているけれど終着駅は未だ見えない。


  落書きメモや曖昧な記憶を辿ってみると『モウ太君』は1985年頃に考案された?らしい。
2020年の師走名前を『モウ太くん』に変更して復刻してみた。
40手前後で上がれる事は確認済みだけれど最小手数は解らない。
この作品もシナ合板にプリントゴッコで印刷しポスカで塗って水性のラッカーで上塗り。

その後糸鋸で裁断、説明書はワープロでと言うパターンだった。


   喫茶店の接客は相棒任せて片隅の一畳にも満たない作業部屋で商売そっちのけで小さな糸鋸をトコトコ動かす毎日…なんだか大人のままごと遊びでもしてるような感覚があった。
  1979年壊れたタイルから突然始まったパズルを創ると言う作業が、熱量の増減はあるものの40年以上も続けていたなんて不思議な気がする。ネットを覗けば自分の作品は見つけられるので、堅苦しそうな肩書は要らないし下北のモグラでも陽気な引き籠りでも構わない。

ただ創りたいものを作り楽しむ日々が一日でも多く続いてくれたらそれで良い。
古い友人と出会ったような驚きと懐かしさに包まれながら、出来立ての『モウ太くん』をプレイする大晦日。自分は幸せな人間なのだと思う。

  同じ日に考案され英国の紳士とバリーヒルズのコレクターに届けられた2種類のパズル。その製作のヒントになった作品が『boy&dog』だった。

  1985年から1989年頃の期間、シナ合板を切り抜く為の小型電動糸鋸、コマに印刷する為のプリントゴッコ、説明書や図面作製の為のワープロ。それが当時パズル製作の3種の神器だった。

試作品や贈呈用のパズルは文房具で転写シートやシールを調達して使っていた。この作品は考案された直後幾つか販売用?を製作したもののヘタクソなイラストが気に入らない。問題のコマ組みも解りにくい。名前も含めて再検討する必要がある…と他の駄作と一緒に何年も作業部屋の棚をアチコチ移動させられては片隅に保管(放置)された。
もしこれが他のガラクタと一緒に捨てられていたら『HORDERN Puzzle』『JERRY Puzzle』どちらも生まれなかったかも知れない。既に手元には無く手書きの問題と写真があるだけだ。魔がさしてコッソリ自分用を製作する事はあっても販売用として復刻する事は無いな…と諦めていたけれど、9月から始めた一連の旧作品の復刻作業にデザイン、タイトル等を一新して加えてみる事にした。
11月初旬30数年の時を越えて【ナスとニンジン】と言うタイトルでリメイクされたこのパズルの『上り』は確認されているけれど正確な手数は判らない。