みのるパズル&なう工房

みのるパズル&なう工房

職業も肩書きも無いし要らないなと言うと怪訝な反応されるので、とりあえずパズル作って売るお仕事ですと答えてる。
堅苦しいけどSliding Block Puzzle Designerは対外向け用。通用してるのでこれでOKにした。

 15ピース前後のリンゴジグソーに夢中になっていた4才ぐらいの男の子。

時々虚ろな視線、深いため息、独り言等々助けを求めるサインは感じるけれど、残り数ピースて完成するので知らんふりする事に。

格闘の末最後の1ピースを入れた途端、展示中の移動パズル『クロコ&ダイル』を指さして
『これ遊べるの無いの?』

『あるけどそれって動かすパズルだよ』

『やってみたい!』
取り敢えず遊び用を渡したら即座にパラッと空けてしまった。
『ジグソーじゃないよソレ』

『アーッ!そのコマは底にくっついてて取れないよ。』

やり方を教えようとしても話を聞こうともしない。
バラバラにして二匹のワニを並べワクに戻してまた空ける。

その繰り返しを頭を上下に振りながら喜々として遊んでいる?ので好きにさせる事にした。


買い物が済んだおばあちゃんが戻ってきて

『サッ!帰りますよ。』と腕を掴むと

『コレ…買ってぇ?』

そう言うなり陳列していた『クロコ&ダイル』をムンズと抱きしめてそこから動こうとしない。

『それ何?』

『パズル』

『買ってどうするの?』

『遊ぶの。』
『ヘッ!オモチャは沢山持ってるでしょ』

『これ持ってない!』

『いくらするの?』値札を見たトタン

『ダメダメそんな予算もう有りません!』
腕を引っ張って商品を取り返そうとするけれど必死の抵抗にあいその場から離れられない。
『こないだ5千円もするガンダム買ったばかりでしょ!もう飽きたの?』

攻め方を変えようとしたものの
『あれはオモチャ、パズルじゃ無い!』

と返り討ちに会う。

おばあちゃん堪忍袋の緒が切れて猛然と実力行使!

商品を奪い取りしゃがみこんだその子の腕を引きずってエスカーレーターにまっしぐら。

その直後下の階から『ワニ~!』と泣き叫ぶ声。

覗いてみるとフロアに大の字になって叫んでいる。
鼻水と涙で顔中グチャグチャ。

迫真の訴え?が繰り広げられ、野次馬が次々群がってくる。

『ワニ?』

『ワニが出たの?』

『どこに?』
チョットしたパニックと笑い声が交錯する。

おばあちゃんは周囲に何度も頭を下げて、子供を抱き起し上りのエスカレーターに乗り再び来訪。
『コレでイイの?』

パズルをその子に手渡すとコクリと頷き、ズルズルと鼻水をすすって深いため息をついた。
『あのぉ…気に入ってくれたのは嬉しいんですが…チョット難し過ぎてお子さんには早すぎるし、

 遊び方もまだ理解してないですが…それでも良いんですか?』
『良いんです。私事ですが…この子がこんなに必死に欲しがってる姿、初めて見ました。』
『ガンダムの時はどうだったんですか?』

『あれはおじいちゃんの悪いクセで、良いだろ、欲しいか?欲しいだろで買ってあげたもので…』
『喜んでくれなかったんですか?』

『いえいえ、気に入ってはくれたんですよ。でも…この子の性分なのか何か買ってあげたくても、あまり
欲しがらないので…。そんなもんですからさっきは驚きました。』
『ここでパズルを遊んだのが良かったのか悪かったのか…?』
『いえ、いえいえ、スゴク良かったんだと思います、この子にも私にも。』
そう言うと深く一礼をしてここを離れかけたので慌ててその子に声をかけた。
『そのパズル、他の遊び方あるのは知ってる?』
『わかんない…後でおじいちゃんに聞く。』
去り際のおばあちゃんの柔和な表情と『クロコ&ダイル』を誇らしげに抱えたその子の無邪気一杯の笑顔。

20数年昔の催事での出来事なのに今でも時々思い出す。

※写真は1985年当時(多分)のモノ。『クロコ&ダイル』は今まで3度程リメイクされてます。

『ソロソロなんか目新しいモノ転がってない?』
忘れかけた頃に必ずかかってくる日系宇宙人氏から真夜中電話。

挑発と誘惑てんこ盛りの後でこの作品はゴミ箱から飯田橋に行き先が変更された。
8から1の順に並んだ数字を1から8にする移動パズルだったが、それでは余りにも無愛想過ぎると、
春夏秋冬と東西南北を入れ替えるデザインに。
ところが今度は『これじゃ日本人にしか解らねえべぇ~』と南部訛りでクレーム。
東京訛りの母に育てられた自分は津軽弁も南部弁も話せない。

電話の主は誰からうつされたのだろう?
二転三転して結局飯田橋指令で、既にある古典Pink&Blueの最新版

『Neo Pink&Blueにするべぇ~』と言う事に。
かつてのご託宣(Neo BLACK&WHITE)も同じ発想だったのだろうか…。
   『8並べ』  『春夏秋冬東西南北』 『Neo Pink&Blue』

3度のデザイン変更と改名をしたこの作品の考案時期は、
1985年から1988年頃の間のどこかとしか解らない。 (写真提供・パズルショップトリト)

   2013年9月8日、2020東京オリンピック決定を伝えるテレビのニュースに釘付けになった。その歓喜の光景を眺めていた時、興奮が醒めない内に何か新しいパズルを創りたいと思ったけれど…アイデアも閃きも無いままアッと言う間に色あせてズルズルと5年が過ぎた。
 2018年9月夏の催事が一段落し、そろそろ何とかしなくてはと曖昧な記憶を頼りに試作を繰り返して最後に残ったこの作品。改めて見直してみると1985年考案したneoBLACK&WHITEの試作過程でボツになったモノの1つと似ていた。これをそのまま採用するのは安直過ぎるので何にか一工夫を…。

2・0・2・0を2・02・0に1・9・6・4を1・9・64のそれぞれ3ピースの構成にしてみたらケッコウ複雑な動きが…。試作品を数日間プレイして取り敢えず『上り』は確認できたけれど手数は112からは縮まらなかった。いずれ誰かが解析してくれる…これでOK!。久しぶりにカタチになれた新作なので販売用も幾つか製作してひとまず終了。


 2020年ついにオリンピックイヤー!手元の【1964 to 2020】をプレイしながら懐かしい様な嬉しい様な…と悦に浸っていたのもつかの間、突然のコロナ禍で来年に延期……。
 東京開催で沸き立つニュースから閃きを貰い、古い作品に手掛かりを探しボツ寸前でカタチになれたラッキーなパズルは、気づいてくれたらハッピー!感覚で1964 to 2020と名付けた。

先日開催絶望的か?と言う海外ニュースに、なんともやり切れない想いがするけれど2020が2021になっても、万が一中止になったとしてもタイトルの変更はしない。閃きをくれたオリンピックに感謝!
               (写真提供・パズルショップトリト)


   80年代中期に試作された移動パズルには名前も無く解析もされていないモノが多く、この作品もゴミ箱行きするにはチョット未練が残りそうだったので落書き帳に書き留めておいた図面の1つだ。手数は解らないけれど簡易の試作品で『上り』は確認してあった。
   数年後近くの文房具屋で見つけた数字のインレタを使って何個か販売用にとカタチにし、一応【TEN】と命名されてコレクターやマニアの手に渡り…そして忘れさられた。
それからまた数年を経てパズル仲間から

『あれって阿部さんの考案したパズルで良いんだよね?』

と確認メールがあったので、ついでに自分の作品の多くが掲載されているニック・バクスターのサイトを覗くと146手とあり、他人事のように

『手数そんなにかかるんだ!』と驚嘆したのを今でも覚えている。
 2020年9月から始まった復刻版製作で30数年振りによみがえったTENをプレイしてみたが、解析能力の著しい劣化に溜息が出るばかりだ。

こんな状態で新作なんか創れるんだろうか?もしパズルを創る事が自分の旅だとしたら今どこら辺に居るのだろう?始まりは覚えているけれど終着駅は未だ見えない。


  落書きメモや曖昧な記憶を辿ってみると『モウ太君』は1985年頃に考案された?らしい。
2020年の師走名前を『モウ太くん』に変更して復刻してみた。
40手前後で上がれる事は確認済みだけれど最小手数は解らない。
この作品もシナ合板にプリントゴッコで印刷しポスカで塗って水性のラッカーで上塗り。

その後糸鋸で裁断、説明書はワープロでと言うパターンだった。


   喫茶店の接客は相棒任せて片隅の一畳にも満たない作業部屋で商売そっちのけで小さな糸鋸をトコトコ動かす毎日…なんだか大人のままごと遊びでもしてるような感覚があった。
  1979年壊れたタイルから突然始まったパズルを創ると言う作業が、熱量の増減はあるものの40年以上も続けていたなんて不思議な気がする。ネットを覗けば自分の作品は見つけられるので、堅苦しそうな肩書は要らないし下北のモグラでも陽気な引き籠りでも構わない。

ただ創りたいものを作り楽しむ日々が一日でも多く続いてくれたらそれで良い。
古い友人と出会ったような驚きと懐かしさに包まれながら、出来立ての『モウ太くん』をプレイする大晦日。自分は幸せな人間なのだと思う。

  同じ日に考案され英国の紳士とバリーヒルズのコレクターに届けられた2種類のパズル。その製作のヒントになった作品が『boy&dog』だった。

  1985年から1989年頃の期間、シナ合板を切り抜く為の小型電動糸鋸、コマに印刷する為のプリントゴッコ、説明書や図面作製の為のワープロ。それが当時パズル製作の3種の神器だった。

試作品や贈呈用のパズルは文房具で転写シートやシールを調達して使っていた。この作品は考案された直後幾つか販売用?を製作したもののヘタクソなイラストが気に入らない。問題のコマ組みも解りにくい。名前も含めて再検討する必要がある…と他の駄作と一緒に何年も作業部屋の棚をアチコチ移動させられては片隅に保管(放置)された。
もしこれが他のガラクタと一緒に捨てられていたら『HORDERN Puzzle』『JERRY Puzzle』どちらも生まれなかったかも知れない。既に手元には無く手書きの問題と写真があるだけだ。魔がさしてコッソリ自分用を製作する事はあっても販売用として復刻する事は無いな…と諦めていたけれど、9月から始めた一連の旧作品の復刻作業にデザイン、タイトル等を一新して加えてみる事にした。
11月初旬30数年の時を越えて【ナスとニンジン】と言うタイトルでリメイクされたこのパズルの『上り』は確認されているけれど正確な手数は判らない。

 

 2019年大晦日『来年催事無いかも知れない…』と呟いた…と相棒が言うが全然覚えていない。
失神転落ショックが脳裏のどこかで不安を煽っていたのかも知れない。原因不明の転落はその後も続き体のアチコチに痛みが増殖、MRI検査で喉周辺と脳の数カ所で血の固まりがあり、深刻な状況と解ったけれど即効性のある対処法は無く後は運任せ…。長年の不摂生のツケと受け入れるしかない。
予言?通り2020年コロナ禍で予定していた年内出店催事は全滅。ワクチン次第とは言うものの多分来年夏以降も続き、以前の状態には戻らない。


『で…どうする?』自問自答を繰り返すだけの数か月は自分が何者で何が出来るのかを改めて見つめ直す期間だったのかも知れない。答えは見つけられなかったけれど、作業部屋を見渡すとパズルを製作するのに必要な材料も機材もまだあるし作りたいパズルもある。

相変わらず不安定な体調に時々振り回される煩わしさはあるものの、頭はクリア?だしアシストしてくれる相棒も傍らに居る。Puzzle Designerに戻って本業に専念してみようと思った。

EASY?1984、ナスとニンジン、モウ太くん、DOG&CAT、MAD-11、TENと1980年代から95年頃に考案された6種類を次々復刻リメイク。1日の大半作業部屋に閉じ籠る、満ち足りた時間が過ぎて行き今もその中に居る。

クレイジーQに夢中になったいた小学生が突然聞いてきた。
『質問して良いですか?』
『7wayって答えが7通りあるって事?』
『って事は4wayは4通り?』
『4way1のイチって何?』
『ここには無いけど、4通りの答えがある別なピースの組み合わせのがあるんだ。』
『ふ~ん。クレイジーQとしか書いてないのは?』
『答えが2通りしか無いんです。ホントはクレイジーQ 2wayってタイトルにしたかったけど…、
随分昔はこの名前の1種類しか販売してなかったので、そのままにしてました。』
『クレイジーQって結局何種類あるの? 』
『1通り、2通り、7通りのモノがそれぞれ1種類、4通りが2種類の合計5種類あるんだけど、売ってるのはここにある3種類だけ。』
『その中で一番ムズいのはどれ?』
『答え1個ってのが難しそうだけど、7つの答全部見つけるのもムズいし…どれとも言えないな~。』
『面白くて大人にも人気があるのはどれ?』
『どれもケッコウお勧めだけど、答えが多い7wayかな?』
『それには答え付いてくる?』
『ゴメン、付いてません。自力で頑張って見つけてくださいってのがウチのパズルなんだ。』
『7wayの答え知りたいって時はどうすれば良いの?』
『どうにもならない…けど』
『けど?』
『7通りのそれぞれの答えのコマ1個の置き場所だけ付いた、チョコットヒント集はオマケに付けてあげられるよ』
『それって必ず付いてくる?』
『希望する人にだけ』
『なぁるほどぉ…ちょっと待ってね?』
怒涛の質問攻めが一段落すると、その場を離れ携帯を取り出し誰かと話し始めた。
『おじさ~ん!もうちょっとしたらまた来るねぇ~』
10分ほど経って息を切らしながら戻って来るとクレイジーQ7wayを手に取り聞いた。
『10円とか50円とか混ざってても良いですか?』
『ゼンゼンオッケーだよ。』
財布をバラッと開け中身を何度も数えて小さく頷いた。
『このパズルください?』
『あっ!ヒント集も付けてください。』
『あっ!1枚余分に貰えますか?きっと無くしちゃう…だから…良いですか?』
『あっ!プレゼントに使うので袋に入れてください。』
『誰にあげるのかなぁ?って聞いても良いかなぁ?』
『明日おじいちゃん喜寿なんです。パズル大好きで…』
『難しい言葉知ってるね、スゴイや。ところで君の干支良かったら教えてくれる?』
『干支って…?何年生まれかって事かな?それなら牛だよ。』
『それってスゴイ偶然だな。おじちゃんと同じだ。よーし!記念に牛のキーホルダーをプレゼントするから選んで。ひょっとして小学3年かな?』
小さく頷くと嬉しそうに笑った。
『オマケのプレゼントもう1個追加していい?』
そう言って別れ際、【夢】のストラップを1個握らせると
『ウワーッ!ちっちゃいぃぃぃ~!夢だぁ!これオカーサンにあげよ!おじさんアリガトー!』
何故だろう?この少年との会話中もその後も不思議な優しさに満たされたひと時だった。

      (写真提供・パズルショップトリト)




 

 

 

この作品は『neo BLACK&WHITE』考案時と同じ頃の代物と記憶している。
落書き帳の中のスケッチを頼りに自分用を作った時点では名前もデザインも決まっていなかった。
マジックで書かれた右側のABCと左側のabcのコマを交換するだけのパズル。
作品としてカタチにするからには最低限名前だけは付けないと…。
当時(1986~1995年周辺)海外のコレクターにも解る体裁にする必要に迫られ、取りあえず乏しい英語力をかき集めて『Angel&Satan(天使と悪魔)』と言うタイトルに落ち着いた。
販売用に20個ほど製作された後、店(喫茶店)の移転や改装修復等のドサクサでシルクスクリーン用原版はボロボロになり20年以上もほったらかしにされ忘れ去られた。


2011年春、同じ末路をたどった作品の幾つかを復刻版製作中、ついでにコレも…と新しいデザインを考える事に。何か意味有りそうな二人?を目の位置とグラデーションを変えて向かい合わせにしてみたら妙に良い感じ。ついでにここ数年間復刻した作品をかき集めて並べてみた。剥がれたタイルの閃きから30年ちょっとの年月の中で捨て去られる瀬戸際で拾われたモノ、何度もリメイクされたモノ、改名を繰り返したモノ等々、気紛れな製作者に振り回されながら無事に生き残った作品たち。デニムのカーテンの隙間から零れる陽射しを浴びて、それぞれが復刻された嬉しさにチョットだけ微笑んでいるようにも見えた。  (写真提供・パズルショップトリト)

 EASY?1989復刻版をプレイしている時不意に思い出した最初のEASY。

古い記録を調べてみたら1984年にはタマゴのカップル風の手描きデザインで既に試作済みだった。
曖昧な記憶ではあるけれど、その数年後にはリンゴのデザインに変更されて製作販売されていた。

 その頃描き留めた落書きの中に埋れていたEASY?1989は幸運にも5年後、新し物好きが集うパズル家パーティに間に合わせて急遽カタチにしたモノだ。

当時『叩けばパズルの出るカラダ?』と思われていたフシがあり、ホーダンパズル同様瀬戸際で飯田橋方面から新作を要求?される事があった。

 デザインも名前も変更されて36年ぶりに復刻された『EASY?1984』はピースも少なく見た目は可愛いっぽいのでタイトルをうのみにして簡単かも…と思ったら大間違い!このパズルをプレイするなら『みのるパズル』の中でもかなり凶悪と覚悟?してほしい。

資料には参考解250手とあるのて幾度か挑戦したけれど軽く300手以上を費やしてしまい現在も解析出来ていない。多分その事が復刻版の製作を躊躇させ続けたのかも知れなかった…。
 36年の時を超えて蘇った出来たてホヤホヤの試作品を早速プレイしてみたけれど、相変わらず泥沼にはまって抜け出せそうに無い。これに限らず自分のパズルに悶々と弄ばれる事が多くなった。