田坂広志さんの「運気を磨く」という本に書かれていた
自然の偉大な浄化力に委ねる
自然の中に身を浸す
を、わたしなりに実践してきました![]()
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先日おとずれた長野県の戸隠神社は、
自然豊かな場所に5つの神社があったので、
「自然に身を浸す」
という感覚で、参拝してみました。
特に、戸隠神社奥社までの長い参道は
森のような中にあり、朝ということもあって
はじめての「自分を自然に身を浸す」には
ピッタリでした![]()
わたしが得た感覚では
自然・光・空気と、わたしは一体のような
いつもだと
わたしがここにいる!
わたしという感覚は、この体の存在だけ!
という意識だったのが
この広い中に、わたしも存在してる
どこまでも広く空間を感じてる
そんな感覚でした。
そして、
見えるもの•感じることが
いつもと同じのようで
違うように感じてて
より美しくて、より綺麗で
いつもは気づけていない美しさに
なんとなく体が向いていって
ちゃんと探さないと見当たらないような神様に
ふと、たどり着いていたり、
なんだか、
知らないのに、分かるようなことがあったり
感覚が、センサーとして働いていて
感覚が、美しさを教えてくれていて
感覚が、ラッキーなことをよびよせてくれて
感覚が、結果効率のいい充実感をもたらしてくれる
そんな体験でした。
田坂さんの本によると、
大人へ成長する段階で、無意識レベルのネガティブが積み重なっているので、
ポジティブ思考を使って人生を好転させようとしても、なんだかうまく良いかないのは、そのためらしいのです。
そこで、その無意識のネガティブを浄化するための習慣として3つあげられているうちのひとつが
「自然に身を浸すこと」です。
自然に身を浸すとは、
自然に正対すること。
ただ、自然の中に行って眺めるだけでなく、
心静かに自然に正対し、身をゆだねること。
とのことです。
このリンク先で試し読みできます![]()
▶︎身を委ねて行動することと
▶︎頭で計算して行動すること
これは、全然違う![]()
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今回強く感じたことのひとつです。
頭で計算して
綺麗なものを探そうとすると
見つけることはできます。
検索する時間、準備する時間も使いますし
「あれがこうだから綺麗にみえる」といった
頭で物事を推測し、
綺麗か綺麗じゃないかという区分で
○と✖️をしちゃってるんだと思います。
身を委ねたら
自分がその場に調和して
必然に、
自分にちょうどいい調和にたどり着く
そんな風に感じるのです。
世界はとんでもなく調和していて
美しさは、すぐその場にあるんです。
実は、、、
こんな風に感じるのは
初めてではありません。
調和はここにあると、
何気ない時に気づきました。
初めて感じた時、突然で唐突すぎて
しかも、答えはものすごく簡単すぎて
まさに、雷に打たれたような衝撃でした。
自分のその気づきや感覚は
確実に自分の中に残っているのに
そんなことは
誰かが教えてくれたことじゃなかったので
自分の感じたことを疑って、
誰かに言うこともなく、
間違っているのかも•••
と思う気持ちもありました。
今まで、自分の感じたことに
証拠がないと自信がありませんでした。
自分の中に証拠は残っているのですが
誰か言っていたり
何かに書かれたりしていることがないと
自分の中に秘めとかないといけない
と思ってました。
しかし、
身を委ねて参拝したときの、この時の経験で
自分の感覚は自分のもの!
間違いでも正解でも
なんでもないのだから
感じたことを
無視する必要も隠す必要もない。
そんな確信のようなものを感じるようになっていました。
今、こうして言葉にしてみると、
自然に身を浸したことで
もういらなくなった判断基準やストッパーが
削ぎ落とさたのかもしれません。
自分に自信がついたのかもしれません。
何がどうなのかは詳細は分かりませんが
とても自然な流れで
わたしの中が変わったことに
間違いはありません。
自然に身を浸すと
本当の自分に還っていくかのようです。
戸隠の気付きは続きます→【戸隠②】
お読みいただけると嬉しいです。





