幼少期の私3 | おだづもっこ風呂宮

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変な東北人の思いつきを書いてます。宜しければ、ご覧になっておくんなまし…。

お聞き苦しい“なまり”など、多々ございますが、皆様にゆったりと寛いで頂けるよう、努めて参りたいと思っております。

どうぞ宜しくお願い致します。m(^(工)^)m

「アンタずっと眠ってたんだよ!」

どうやら、私は、病院のベッドで、
3日間眠ったままだったようです。


母が、私に起こったことを、一通り話してくれました。


友達のうちの垣根を出た私は、
数メートル先にある「Y字路」まで、
フラフラと自転車で走っていったそうです。


ちょうど、そのとき―――。

ある1BOXカーも、その「Y字路」に差しかかり、
普通ならそこで止まるはずの自転車が・・・。

真正面から、1BOXカーめがけて突っ込んでいったそうです。


私は、自転車ごと、
10メートル先の竹やぶまではね飛ばされ・・・。

その衝撃音を聞きつけて、駆けつけてきた友達は、
耳から血を流している私を見て、逃げ出してしまったようです。



友達のお母さんから、私の母に連絡が行き、
母が現場に到着した時には、救急隊員が救急車の中で、
私に呼びかけていた時だったそうです。

耳から血を流している私を見た母も、
頭ん中がメチャクチャになってしまってるもんだと、
覚悟したそうです。



ところが・・・。


精密検査の結果は、まったく問題なし。

顔面についていたワイパーの跡から、
最も心配されていた脳についても、特に問題なし。

左耳の障害と、かすり傷程度で済んでいたそうです。



その後の、診察で―――。

顔面神経マヒも見つかりましたが、
リハビリで回復することができ、ぶじに退院もできました。


1BOXカーの運転手の方が、何度もお見舞いに来てくれました。
(ホントに申し訳なく思っています。完全に私が悪いですもん。)

警察の方からも、
「耳から血を流してたから、もうダメかと思ってたわ!」
「良かったな~、ボク」という激励の言葉をいただきました。


その後も、定期検診を行っていましたが、
特に問題もなく、小学校生活を送ることができました。


左耳の手術の話も出ましたが・・・。

「良くなる確率と悪くなる確率が半々」「細かくて難しい」
「成長とともに良くなるかもしれない」

ということで、手術は見送りとなりました。


左耳は、未だに聞こえません。
なかなか不便なものです。

でも、こうして生きていられることに、
ホントに感謝しています。


後から聞いた話ですが―――。

例の1BOXカーの後ろには、
ダンプが続いていたそうです。

「あの1BOXカーにぶつかっていなかったら、
 大変なことになってたよ!」

近所の人が語ってくれました。


あらためて、
「生かされてるんだな・・・」って、感じます。