「2020.2.9 東京都武蔵村山市編」



 東京都武蔵村山市

 第4段のゲストは…

 山崎充央(やまざき みちてる・東京登録)さん(現役)でした!

 ※始めにお断りしておきますが、今回取材メモをとることをサボタージュしてしまったため、インタビューの内容が少ないと思われます(-_-;)


旅の行程
2.9
下落合9:31
↓(西武新宿線)
武蔵砂川10:44

ゆかりの地巡り

立川競輪場

太幸苑(昼食)

立川競輪場

立川
↓(青梅線)
拝島

焼鳥おおしば拝島本店(夕食)

拝島
↓(西武新宿線)
下落合

帰宅



 9:00に自宅を出発し、25分歩いて下落合駅に到着します。





駅外観




ホーム




目指すは武蔵砂川駅!



 旅気分を味わうために切符を購入♪



 50分ほど揺られ(下りのため車内はガラガラ)、萩山駅を通過すると単線になります。結構な田舎感(-_-;)





武蔵砂川駅到着♪







 改札を出て、ゲスト山崎さんにお迎えいただきます。


 山崎さん(以下山崎)「武蔵砂川駅は立川市だよ!」

 筆者「えぇ?武蔵村山市じゃないんすか?」

 山崎「武蔵村山は東京の市で唯一駅のない市!」

 筆者「へぇ~!?」

 ※筆者が降り立った「武蔵砂川駅」の住所は立川市でした(-_-;)


 車に乗り込んですぐ、お名刺を頂戴しました。








 山崎「今、いろいろ仕掛けててさ、打ち合わせ多くて、日にち二転三転してゴメンな(-_-;)」

 お名刺に記載されてるように日本競輪選手会(東京支部)の役員をされてます。

 (いえいえ、こちらこそご多忙中お時間をいただきましてありがとうございます(-_-;))

 山崎「先ず家行こう!」

 道中暫く走ると、
 山崎「あれ文明堂の工場!」

 筆者「あの「カステラ1番~電話は2番~3時のおやつは文明堂~♪」の文明堂ですか?」








 (※上京してこのCMを知らず、知ってる方から「常識だよ!」と言われ、疎外感を味わいましたが地方では放送してなかったのでは?関東圏だけと思われますが青森の皆さんいかがでしょうか?)

 山崎「もう1つ歌舞伎揚げってお菓子今でもあるでしょ?天乃屋って会社、あれの工場もそこ!」

 (※子どもの頃よくいただきました(*^^*)好きなお菓子であります!)


 今回の旅に出るにあたって「武蔵村山に旅に行って来ます!」

 と、周囲に伝えるとこぞって皆、

 「東村山?」

 と、言われました(-_-;)。

 志村けんさんの影響?で東村山が有名で武蔵村山が出てこない?


 とにかく…




 武蔵村山スゴいじゃないですか!




 はい、ご自宅へレッツラgo(死語(-_-;))




 暫く走るとおもむろに停車。


 窓越しに、


 山崎「富山さん!」

 筆者「あ!富山さん!?」

 山崎さんのお師匠様の富山健一(43期・東京)さんでした!

 本企画の詳細を説明し…





3人で♪



 富山さんのお宅を後にした2人は山崎邸へ到着します。

 早速、ご自宅の自転車部屋に上がらせてもらいます。






自転車の部品や工具の数々



 ハンドルがたくさんありました。セッティングをだすための試行錯誤ですね!





ローラー乗車しながらハウスする(しながら堪える)training



 ※故伊藤公人さんのグループでtrainingしていただけあって先ずは「並走の練習」といったところでしょうか!





200勝達成時の競走成績表



 ※同期がもう1人走ってます…


 縁側でコーヒーをいただきます✨😌✨





 さて、ゆかりの地巡りを開始と行きますか?

 ってもう既にゆかりの人(富山さん)に会い、ゆかりの自転車部屋も見せていただいたので、それなりの満腹感が…だがしかし、お決まりになりつつある母校巡りへ~♪





ヤマザキロード(筆者命名)



 ※ご自宅は左手


 と、その前にゲストの情報を少し挟み込みながら…




 1974年9月25日生まれ(東京都武蔵村山市)



 私立日本大学明誠高等学校卒

 戦法:追い込み

 選手生活23年目(4月から)



 ⬇️山崎さんの全成績はこちら⬇️ 
 山崎充央-選手プロフィール



 Q、小、中学どちらも徒歩4、5分圏内で通える距離でしたが、どうして越境(日大明誠は山梨県)進学?

 山崎「野球やってたから、甲子園出たくて…東京だと競争激しいから山梨だと行けるかも?で入学したんだよね。」





武蔵村山第5小学校



 山崎「後ろで練習してるのが俺が入ってたシニアチーム!」

 Q、競輪選手を目指し始めたのはいつ頃?

 山崎「親父が競輪好きだったから!小学生の時にはなるって思ってたよ。」

 Q、師匠(富山さん)との出会いは?

 山崎「行ってる床屋が一緒だったんだよ! 
  だから、その床屋さんに紹介してもらって笑」

 (※なんか運命に導かれた素敵なエピソードに感じるのは筆者だけでしょうか?こういうお話が聴けるのも旅の醍醐味であります😋)

 山崎「富山さんに弟子入りしてから学校の行き帰り自転車で通うようになったな。」

 筆者「東京から山梨まで(*_*)?」

 山崎「って言っても往復100㎞くらいだよ!行き始めたのが冬だから寒くて(>_<)」

 (片道50㎞はまぁまぁの一仕事です(-_-;))








 山崎「よくここで、ドラム缶の中に隠れたりして遊んだよ!ロケット花火ぶっ放したりして!近所から苦情きたり笑今じゃアウトなことばっかり(*_*)」


 筆者「そういえば卒業記念レースに山崎さんのお友達が多数ご来場されましたよね?お友達の方々いかにもヤンキー?東京だからチーマー?風情の怖そうな方々でビックリしたんですが…」

 山崎「誰だって昔はやんちゃしてただろ!?」

 (※ヤンキーであったことを否定はしないんですね(-_-;))

 山崎「横断幕憶えてる?ファンキー軍団って横断幕出してくれたんだ!そいつらが。それを同期の誰かが「ファンキー軍司?」って見間違えて笑」

 (※卒業記念レースで横断幕が出るのも異例です(*_*) 軍司というのは79期の1人の苗字であります(-_-;))








 いよいよ、立川競輪場へとまいしましょうか。



 さほど時間かからず到着します。





守衛所



 地元選手が練習に来た際に名前の札を引っくり返すそうな…

 車を停めて一旦競輪場を出てランチに♪

 競輪場から歩いてすぐの太幸苑

さんにて!





レバニンニク定食



 ニンニクが効いていてごはんが進むくんでした(*^^*)

 競輪場から近いこともあり地元選手御用達のお店で、店内は選手のサインで埋め尽くされてました(お客さんたくさんいたため写真は撮れず(-_-;))。


 再び競輪場に戻り、山崎さんのtrainingに立ち会います。





現役時代お世話になった非開催日の選手控え室




北日本地区の選手はこのエリアでした!




着替える山崎さんの横で懐かしさのあまり子どものようにはしゃぐ筆者(-_-;)



training動画参照



 training後、バンクにて高校生を指導されていた大宮政志

さん(21期)がいらっしゃいました!



 (※’96年引退されたようで、正真正銘初対面でした!御年81歳…元気な方でした(-_-;))





敢闘門前(左から筆者、大宮さん、山崎さん)



 大宮さん…’64東京五輪代表選手の方でした(-_-;)



 (秋田の大先輩が出場していたのは知ってましたが😱)





太幸苑さんに貼ってあった新聞記事



 大宮さんと山崎さんで「立川育成プロジェクト」と題して、競輪選手養成所合格を目指す若者の指導にあたられています。


 学科の指導も専門家に依頼し万全の合格体制。今のところ合格率…




 100%!


 
 とのこと。


 

立川競輪興し




 競輪場を後にし、立川駅へと歩を進めます。





立川駅構内の看板に掲載のイベント告知



 選手会立川地区として地元の商工会議所に入っていて定期的に地域のイベントに参加されてる模様であります。




 最終目的地は拝島!








 青梅線に乗るのは初でした!




 今宵の酒場へ♪








 筆者のリクエストで焼鳥おおしば拝島本店さんに行きます!








 1日お疲れ様でした✨で「Heineken」で✨🍻🎶


 当然サシで呑むのは初!であります。




 Q、あんまり合わない?苦手な人がいない印象だが?

 山崎「誰かれ構わずまんべんなく会話するね!同期みんなと会話してたし。生徒番号1~名前言っていこうか?◯◯…」


 (※ほぼ全員の同期の名前が生徒番号順に出てきました…恐るべし記憶力(*_*))








 Q、これまでの競輪人生…充実していた?

 山崎「充実してたし、特別競輪(G1)はオモシロイよ!4つしか出てないけど笑」



 Q、在校2位は伊達じゃない!?



 山崎「2位って言っても帽子が

・白・だからね(-_-;)ハロンにいたっては11.79しかでなかったし…。気持ちでカバーしてたよね!」

 (※定期的に実施される記録会のタイムにて被る帽子が決まる、序列は上から金→白→黒or赤→青)








 Q、先ほどのtrainingの際に膝(半月板)の痛みを訴えていたが、他にこれまでにどんなケガがある?

 山崎「肩鎖関節脱臼、肋骨骨折、腰椎椎間板ヘルニア。」

 (※23年も現役でいるとなにかしらのケガをしているものです(-_-;))



 Q、競輪人生も折り返しにきてると思えるが自らの晩年をどう考えてる?

 山崎「代謝制度の対象になっても3期目全うして辞めたい。それまでは頑張る。



 競輪好きだから!



 「好きな競輪に対してウソつきたくない、常に本音で接したい。」




熱く語る山崎充央




後藤さんとお店の皆さんと♪




 筆者が「お久しぶりです!」とあいさつすると、後藤さん「誰?」

 筆者「安田です(-_-;)」

 後藤さん「あぁ、安田かぁ!元気?」

 ※多少の申し訳なさ程度に「どなた?」みたいなニュアンスではなくハッキリ「誰?」…

 後藤さんらしくて微笑ましかったです笑


 

束の間の拝島を後にし家路につきます




 年上の同期には同様に気を使うわけでありますが、1学年上の山崎さんはなんとなく独特の威圧感(特に先輩風を吹かせるというわけではないのですが…)がある印象を学校時代から持っておりました。だからと言って話しづらいということはなく、誰でもウェルカムのスタイルは見習うべき特徴であります。

 いつも「ヤスダァ!!」と儀式のように独特の口調で会話に入ってました笑

 選手と地区役員と後進の指導と「3つの顔を持つ男」山崎さん、多忙な中マル1日お付き合いしていただいて印象に残ったこと…

 とにかくしゃべる、喋る!「対話の男」山崎さん、それがいろんな団体との打ち合わせだったり、弟子との会話だったりと誰とも良好な関係を築くスキルなんだなぁ!と。これも才能です。


 本当にお忙しい中、貴重なお時間をいただきまして、たくさんの画になるネタのご提供、そして思い出をありがとうございました✨

 (※2012年に上京して早8年、その間に会うタイミングは何度もあったはず(-_-;)


 「近いからいつでも会える」


 ではなく、


 「会える時に会っておこう」


 とお互いに口にしました。


 「そのうち~」は社交辞令だよな!とも)




 山崎充央さんの23年目の競輪選手生活…応援します!





 同期に乾杯♪





おみやげでいただいた「文明堂」さんのスティックちーずまる



 







 美味しくいただきました!
 ごちそうさまでした✨

 





 今日も最後まで読んでいただいた皆さま、ありがとうございました♪