10月だというのに「残暑」?というのでしょうか?この時期にクーラーつけなければ寝れないとは…。暑さ湿度に弱い元競輪選手のトレーナー安田壱也です♪
暑いですが、ワクワクすることを考えながら楽しくいきましょう!
前回の投稿からほぼ2週間あけてしまいました。当blogを楽しみにしてくださっている数少ない「物好き」な方々お待たせしました。
では早速書き進めてまいります。
~2012年11月、いよいよ上京となります。文字通り「京に上り」ます。居を構えるは豊島区千早(学校の最寄り駅が池袋、電車で1駅)であります。学校に通うのに電車のストレスを回避するためでありました。
入学が翌年の4月ですので、それまでの間のアルバイトを探します。これまでの人生でアルバイトをしたことがない私に「何がやれるのか?」
携帯を駆使して検索を始めます。頭使うようなのは出来ないよな?細かい作業も苦手だよなぁ…。やはり体を使う仕事か?
建築関係?
ありました。
「荷揚げ屋」さん。
荷揚げ屋とは…
建設現場における重量物の搬出入、移動を請け負う作業員の名称。揚重工ともいう。壁や天井を造るための石膏ボードやステンレスやアルミの軽量材などの内装資材の搬入移動が主要な仕事の要となっている(wikipedia調べ)。
重いモノをひたすら決められた時間内に運ぶ運ぶ、これでもか!というくらい運びます。
この「荷揚げ屋」さんでの思い出、いろいろありますが、1番感慨深いのは2012年当時建設中の「新歌舞伎座」の楽屋に内装資材を運ぶ作業でした。作業中に既に出来上がっている客席から舞台を眺めては
「いつか歌舞伎観に来たいなぁ…」
と思ったものです。完成する前の木の枠しかない楽屋を何往復もする度に、彼の「海老蔵」氏や「獅童」氏も何れこの楽屋使うんだよなぁ…なんて想像しながら1人ワクワクしてました(*_*)
建築現場と言ったらイケイケのヤンキー兄ちゃん達がいるイメージが
あるとおもわれますが、まぁ生意気な子達がワンサカで、私を飽きさせませんでした。基本的にご年配の職人さんは優しくていい方々ばかりで、一服(AM10とPM3にあります。※一服と言っても私は喫煙はしません…カフェインを愛飲であります(-_-;))の度に楽しい会話をさせていただきました♪
人生初のアルバイトは「荷揚げ屋」さんでした(2012年11月~2013年3月)♪
~年が明けて2013年4月、いよいよ専門学校入学となります。入学式は水道橋にある
「東京ドームシティホール」
ライブ会場なんですが、私入るのが3回目であります。
そうです。賢明な方お気づきと思います。新日本プロセスの2DAYS興行を観戦していました。アルバイト生活しながら東京の興行を楽しんでいました(-_-;)
脱線してしまいましたが、軌道修正して入学式当日、ホール内に入る前に案内係の方に場所の確認をと話かけます。
案内係の女性「ご父兄の方はさらに上の階になります!」
(そうなりますよね(*_*)齢36)
私「生徒です…。」
案内係の女性「失礼しました。こちらへどうぞ(-_-;)」
私「ありがとうございます(-_-;)」
座席に座り周りを見渡すと入学説明時に教室で顔を合わせたクラスメイトがいました。
私以外のクラスメイト達はよそよそしさがありながらも会話し、交流しておりました。その輪に入っていくことがないまま入学式が終わります。
さぁ帰ろうとしたその時、隣の席の女子が
「これからみんなでサイゼ(サイゼリヤ)行くんですが行きませんか?」
私「あ、大丈夫です(-_-;)」
女子「あ、残念です…。」
彼女は1人浮いてる私を案じて声をかけてくれたのでしょう。この会に参加していたらもっと早くにクラスに馴染んでいたことでしょう。せっかくのチャンスを自ら潰してしまいます。
私がクラスに馴染むのはもう少し先となります。
というのも私以外のクラスメイトは皆
1994年生まれの世代( ゚Д゚)
94年といえば私と19歳違い、私からすると息子、娘でもおかしくない年の差であります。ついこの間まで高校生だった子たちと一緒に机を並べるという超刺激的な空間。まだまだこの頃この超刺激的な空間を楽しむ余裕はありませんでした(-_-;)
※おまけに担任の先生も年下…
安田壱也36歳の春でありました…。
次回
~なぜトレーナーを志したのか?~vol.4「伊香保温泉」にてクラスメイトと打ち解けることが出来るのか出来ないのか?いざ群馬♪をお送りします!
なかなかトレーナーの噺にならないじゃないか!とお叱りを受けそうですが、暫しお待ちを!
今日も最後まで読んでいただきましてありがとうございました♪