パソコンが起動するまで・・・
今年もあと3週間で終わりですね。
実は今月が始まる前に決意したことがあります。
それは今年の12月は今までの人生の中で
一番努力する月にしようと決めたんです。
誰かに「今までで一番努力した事って何ですか?」
って聞かれたとき、
「う~ん、2006年の12月かな」
みたいなやりとりが理想です。
で、今のところ頑張っているとは思うんですけど、
まだまだ無駄が多いなぁというのが反省点です。
時間が足りない、そう思うことも多々あります。
そんな時に思い出すのが、
社会人として激しく働きつつ、
アメリカンフットボールで
日本一になった方からのアドバイスです。
先輩「最近どう?」
私「忙しいっす!勉強してる暇ないっす!!」
先輩「そうなんや。ところで真田さぁ、
パソコンの電源入れて起動するまで何してる?」
私「えっ?!待ってますけど・・・・」
先輩「暇あるじゃん!」
かっこよくないですか?!
先輩の役にいつか自分がなって、後輩に
「○○さぁ、パソコンの電源入れて起動するまで何してる?」
って言える様になりたい。
そんな事を想像してニヤケル私である。
暇あるじゃん!
この世に残してるんやないか
今週、私の胸に一番響いた話を、
できるだけ多くの人に知ってもらいたいと思います。
教えてくれたTさんありがとう!
2006年11月4日読売新聞朝刊の「編集手帳」からの抜粋です。
映画やテレビでも活躍した桂小金治さんは前座のころ、
柳家小三治(のちの五代目小さん)さんの自宅へ
毎日稽古に通った。
当時の思い出を著書『ケラの水渡りに』書いている。
弟子でもない若者に懇切に噺を教え、
終わると、白いご飯を食べさせてくれた。
終戦から数年、まだ食糧難のころで、
小金治さんは毎度の銀シャリが楽しみであったという。
ある日いつものように満腹になって帰る途中、
忘れ物に気づいて戻ると、
小三治夫妻が子供と昼飯を食べていた。
サツマイモだった。
小金治さんはとまどい、胸をつかれ、
帰りの電車で泣いたという。
申し訳なさに、
もう稽古に通うのをやめようと思い、
師匠の桂小文治さんに相談した。
師匠は言った。
「大バカやな、お前は。
小三治はお前に
落語を教えてるんやないで。
落語ちゅうもんを、
この世に残してるんやないか」と。
黒人に挟まれた年越し(後半)
2003年1月1日朝8時。
私が目覚めたとき、
ベンとデディはまだ気持ち良さそうに寝ていた。
確かに、私は黒人2人に挟まれて年越ししたのだ。
彼らがまだ寝ている間に、
バス会社の運行状況を確認しようと
ホテルロビーにある電話に向かった。
そして結果は、
「昨日の豪雪のため、本日は運行不可能です!」
ガ~ン ・・・・・
ホテルロビーには、
私と同じように落ち込んでいるオジサンがいた。
昨日、バスで一緒だったカナダ人のマークだ。
何とか朝の天気のいい間に、
セスナ機会社に掛け合おうということになり、
私は部屋に戻り、ベンとデディを起こし、
4人でセスナ機会社に乗り込んだ。
だが、セスナ機は通常、
政府の高官が利用するだけで、
一般には開放していないとの事だった。
しかも今日は元旦なので休日ということだった。
またまたガ~ン ・・・・・
しかし4人は必死だった。
というか私を除く3人は凄かった。
駄目だと言われて受け入れてるのは私だけで、
彼らは様々な提案をしながら、
なんとか受諾してもらおうとあの手この手を尽くしていた。
これが海外の交渉術かと思うと、
今まで簡単に諦めたり、
引き下がっていた自分が恥ずかしくなった。
断られてからが、本当の勝負!
そしてパイロットと交渉し続けて30分が経過。
するとパイロットの奥さんがひょっこりと現れた。
そしてご主人に一言。
「私たちも彼らと一緒にイエローナイフを散歩しましょう!」
この奥さんの一言で、
なんと私達はセスナ機に乗れる事になったのだ!
本当にラッキーだった!!
これでイエローナイフに行ける!!!
その時の喜んでいる私の写真がこれだ。
パイロットの奥さんと笑顔で一枚。
そして出発前にはしゃぐ私とデディ。
そして私とベン
これが緊張のセスナ機内。
で、
無事イエローナイフに到着!!!
マークの奥さんが空港まで迎えに来てくれていた。
そして、マークの奥さんの車で、
そのままホテルへ連れて行ってもらった。
そこで、ベンとデディと私の3人は遅い朝食を一緒にとった。
そして、次の日。
一緒に綺麗なオーロラを見た。
偶然の出会いを経験した私たち3人は
あれから約4年間親交を深め続けている。
実はベンとデディは恋仲ではなく、
ベンが一方的にデディを好きということも知った。
彼らとのお別れの日、
私たち3人は約束した。
いつか、ベンとデディが日本で、
私が彼らの故郷オーストラリア・シドニーで、
一緒に年越ししようと。
まだ守れていない約束だが、
私は一生忘れない。
彼らのことも、
3人でした約束も。
PS. イエローナイフに着いてから知った事なのだが
「ヘイリバー」という街でも
十分にオーロラが見えるとの事だった。
私達は年越しにオーロラを見れたかもしれないということを
最後に付け加えておきたい。






