7月3日&4日 (日・月) 曇り時々雨
7月3日の午後、久能山東照宮を見学の後、
駿府城公園に向かう途中、蕎麦屋で昼食。
天ざるを食す、美味しかった!!
小雨となった、駿府城公園に到着する。
駿府城の前身は、駿河守護今川氏の駿府館と
言われるが、館の所在については諸説あるようだ。
駿府館は1568年、武田信玄の攻撃により焼失し、
今川氏滅びる。
天正10年(1582年)武田氏滅亡し、瀧川家康が
駿河を領有、同13年城を修築し、翌年浜松城から
移る。
家康関東移封後、中村一氏が入城。江戸開府後の
慶長12年(1607年)家康が大改築し、隠居城と
する。
家康没後、明治まで幕府が直轄した。
家康の隠居城は天下普請で大改修されただけあって、
広大な敷地。現在は、駿府公園として利用されている。
広い内堀、橋を渡り、北御門から入城。
北御門橋
北御門跡の案内板
大きな御門があったことでしょう、凄く立派な御門跡
城内の『紅葉山庭園』を見学
紅葉山庭園は、駿河の特徴を生かした四つのテーマで
構成されている。
*里の庭
*海の庭
*山里の庭
*山の庭
大名庭園の趣、平成13年に設置。
次には『坤櫓・ひつじさる やぐら』、読めない字ですね。
江戸時代には、方位に干支を用いて、北を「子・ね」とし
時計回りに割り当てていた。坤櫓は中心から見て南西の
方角。
平成20年に石垣工事に着手し、平成20年に完成。
日本の伝統的な木造工法によって作られた。
次には、「東御門巽櫓」に行く。
東御門は、駿府城二ノ丸の東に位置する主要な出入り口でした。
この門は、二ノ丸堀(中堀)に架かる東御門と高麗門、櫓門、
南および西の多門櫓で構成される枡形虎口。要所に、石落とし、
鉄砲狭間、矢狭間等を持つ堅牢な守りの実践的な門で、
戦国時代の面影を残す門です。
巽櫓は、駿府城二ノ丸の東南角にもうけられた二重三階の
隅櫓で、巽(辰巳)の方角に位置することから「巽櫓」と
呼ばれた。
現在の建ては平成元年(1989年)に復元され、全国の
櫓の中でも例の少ないL字型の平面となっている。
駿府城のジオラマ
家康についての説明
銅製の鯱
東御門よ巽櫓
これで、東海地方遠征の旅はおしまい・・・
徳川を訪ねる旅でした。
7月4日(月) 曇り時々雨
東海道新幹線の「ひかり」で新大阪駅、新大阪駅から
九州新幹線「さくら」で、八代に帰る。19時58分着。
楽しく、有意義な旅でした。














