11月8日 (金) 晴れ
五島列島二日目、天気に恵まれているので、
今日も楽しく有意義な一日となりますように。
宿泊したホテル「コンカナ王国」
起床6時、6時30分より朝食、まだ夜が明けきれていないような
何故だか??マーライオンの像がある??
ここが朝食会場、既に満席に近い状態
窓辺には、クリスマスのお飾り
私の朝食
敷地内の神社
8時に出発、ホテルスタッフのお見送り
最初の訪問は、井持浦教会とルルド
この地は、大村藩から移住のキリシタンが潜伏し、五島藩が
塩造りの窯場で働かせた地区。迫害の嵐を逃れて住みついた
信徒の苦労が偲ばれる場所。
明治28年(1895年)にフランス人宣教師の指導の下に建設
された教会。
島内における木造から煉瓦造りへの移行のはしりとなった教会
小高い丘の上の教会、青空に十字架が映える
記念撮影
入り口のマークAtoMを組み合わせたもの・・Ave Maria・・アヴェマリア
ステンドグラス
ルルド
フランスのルルドを模倣して、五島全島の信徒が島内の奇岩・
珍岩を持ち寄り明治32年(1899年)に建設された。
日本最初のルルドで、日本全国の信徒の聖地となっていて、
全国からの巡礼者は後を絶たない。
この聖水を飲みました。
心身ともに聖なるものとなったか??
大瀬崎断崖
東シナ海に面した断崖、150mの高さは迫力満点、
岬の先端の灯台は日本屈指の光達距離を有する。東シナ海を
航行する船舶の標となっている。この灯台の初点灯は明治12年
(1876年)
五島列島は昔より、中国と日本を結ぶ航路の要衝であった。
蛤浜海岸
車窓より見る「蛤浜」、遠浅の海岸で、打ち寄せる波が美しい。
海水浴には絶好の海岸、ハイシーズンでも空いているのかな??
辞本涯・・「日本のさいはてをを去る」
五島を経由した遣唐使のなかで、最も有名なのが804年(延暦23年)
の船団。4隻の船が筑紫博多の津を出航し,五島に寄港し、食料・
水・船の点検整備をし、東シナ海に船出した。
第一船には「空海」、第二船には「最澄」が乗船していた。
日本仏教界の二大名僧が同時の遣唐使として、唐を目指した。
記念撮影
ここから、大海原に船出したのですね、勇気があるなぁ~~
その熱情に源泉は何だったのでしょうか?!!
酒蔵
焼酎の蒸留元
遣唐使船型のバス停
焼酎蒸留所
焼酎の原料となる「さつま芋」・・熊本では「からいも」と称します
焼酎工場の前の「遣唐使ふるさと館」で昼食
肉厚の鯖寿司
五島うどん・・・エビとサザエ
左は名物の「かんころ餅」、右はポテトサラダ
遣唐使ふるさと館の屋上から海岸を見る
ガイドさんからお薦めの「ソフトクリーム」
次には「ともづな石」
遣唐使船が、この石に「ともづな」を結んだと伝わる
福江島での研修が終わり、 チャーター船で久賀島(ひさかしま)、
奈留島(なるしま)、若松島、中通島(なかとうりじま)に向かう。
福江島では100台のレンタル電気自動車があり、自家用の
電気自動車の数も増えているとのこと。
一因はガソリン代金が高いこともあるのかな??
この船をチャーターしました
チャーター船で久賀島の五輪教会を目指す、快晴、海はベタ凪
会場を滑るように船は進む、快速艇でした。
久賀島(ひさかじま)へ・・五輪教会へ
旧五輪教会は、キリシタン禁制解除に伴い明治14年(1881年)に
浜脇教会として久賀島の浜脇に建てられ、その後昭和6年(1931年)
に現在地に移築された。
五輪地区と蕨地区の信徒の信仰のよりどころとしての役目を果たし
が、老朽化のために昭和60年(1985年)に、すぐそばに五輪教会が
建設された。
教会の内部
ステンドグラス
教会の窓から港を望む
現在の五輪教会
次には、奈留島に上陸し江上天主堂に行く。
江上天主堂の歴史hは、1881年(明治14年)3月に、潜伏キリシタンの
4家族が洗礼を受けたことに始まる。
その頃には天主堂は無く、1906年(明治39年)に現在地に簡素な
教会が建てられた。
本格的な教会が建築着工されたのは、1917年(大正6年)。1918年
(大正7年)に完成。
江上のバス停
ツワブキの咲く向こうに教会が見え始める
とても美しい教会
記念撮影
若松島の「キリシタン洞窟とハリノメイド」へ
隠れキリシタンにとって、海岸から見えない格好の隠れ場所と
なっているこの地に、3家族12人が隠れていたが、朝ご飯の
炊飯の煙を沖行く船に発見されて、捕らえられた。
隠れ場となった洞窟の入り口に建てられた十字架。
洞穴の形状が「聖母マリアが幼いイエスを抱く姿」に見えることから
「ハリノメイド」と呼ばれる。五島では「穴」のことを「メンド」と言い、
「針の穴」のことを「ハリノメイド」と呼んでいる。
17時頃に中通島に到着、
今夜の宿に向かう。
矢堅目・・「旅の宿やがため」、「矢堅目」とは、昔、東シナ海に
出没していた海賊を伏せぐ為に、湾の入り口の岩に防御用の
装備を備えたことからこの名がついた。
夕食会・・ご馳走でした
刺身・・種類豊富、これだけで満腹になりそう
五島牛
きびなご
さつま揚げのようなもの
鯨・・この地は捕鯨で名をはせたそうです。
「鯨一頭、七浦潤う」と言われたとのこと。
伊勢海老の刺身・・絶品でした。
ご飯の時に、伊勢海老の吸い物付きでした。
今夜も早寝、男3人。

































































































