5月18日 (土) 晴れ
沖縄研修の最終日となった。
梅雨入りした沖縄だったが、幸いなことに、雨には
少し出会っただけでした。
ホテルをチエックアウトし、バスにて「斎場御嶽」に
向かう。セーファーウタキと読みます。
15世紀~16世紀の琉球国・尚真王時代の御嶽〔うたき〕
であったとされる。
セーファーは「最高位」という意味なので、「斎場御嶽」は
「最高の御嶽」となる。
ここは、王国最高の御嶽とされ、国家の最高神職である
「聞得大君(きこえのおおきみ)」が管理した。
聞得大君の就任儀式が行われ御嶽であもある。
琉球の御嶽は、その全てが男子禁制であり、斎場御嶽
では、庶民は入り口の御門口〔ぐじょうーぐち〕を越えて
進入することは禁制であり、国王であったも、御門口
とり先に入るには、合わせを女装に改める必要があった。
琉球王国では約400年の間、聞得大君が琉球王府の
神事を支えてきたと云われている。
斎場御嶽の入り口にあたるところで。神社で言えば拝殿にあたる。
神が存在しているようなところを歩く
「大庫理」(おうぐーふ)、祭祀の格式の高い場所
この大きな岩の向こうが斎場御嶽
大きな岸壁に向かって祈る。
香炉が数個おいているだけ。
鍾乳石から滴り落ちる水滴が「聖水」
この二つの壺が聖水を溜めるもの。
最後のガイド、質疑応答を含めて
資料館に展示していた「国王の乗った輿」
次には、摩文の「火乃国之塔」と「平和の礎」に向かう。
「火乃国之塔」は、第二次世界大戦で戦死された2,009柱を
祀っている。
広い敷地なので、カートに乗って行く。
この辺りは、激戦の地だったようです。
「平和の礎」
沖縄戦は第二次世界大戦において、住民を巻き込んだ地上の
戦いとなり、多くの尊い人命とかけがいのない文化遺産を失った。
このような悲惨な戦争体験を風化させることなく、その教訓を
後世に正しく継承していく。
安らぎと学びの場。
平和の灯
平和記念資料館
昼食に行き、空港、熊本へのフライト
昼食会場
沖縄での最後の食事も「沖縄ソバ」
昼食会場の真ん前は、自衛隊の駐屯地でした。
この飛行機で熊本に向かう
上空より、この時間帯は揺れは無かった。
熊本空港が強風のために、出発が遅れ、しかも、熊本に
着陸できない場合は福岡に向かうとの条件付き。
屋久島の大雨の影響だったのか?揺れました。
熊本空港には、一度目は着陸できず、急上昇。二度目で
大揺れながら着陸。
乗客かか拍手!!
今回の研修は、思いもかけなかった「ドラマチックランディング」で
終了。
沖縄の地勢的な宿命、長い王政の歴史、島津藩、日本政府による
統治など、教科書で習っただけの断片的な知識が、繋がってきた
ように思う。
琉球・沖縄との心の距離が近くなりました。
各地のガイドさん、バスガイドさん、運転手さん、そして、
一緒に旅をしてくれた仲間達に感謝です。
“サアー、沖縄良いとこ、一度はンソーレ、ハーユイユイ
春・夏・秋・冬、緑の島~よ、マタハーレニュ・・”
安里屋ユンタ、の一節です・・・。







































