『イタリア紀行⑬』 ナポリ~カプリ島 | わさモンのブログ

わさモンのブログ

ブログの説明を入力します。

12月26日 (火) 曇り

 

今回の旅行で初めての曇り空、観光最終日なので、何とか雨が降らなければいいのだが・・・。

 

深夜に日本からの電話が2件あった、電話をかけて来た友人は、私がイタリアにいることは知らない訳だから仕方ない。気管支の調子が悪くて、咳がでて会話に苦労。

 

6時前に起床、朝食。

体調があまり良くないのだが、しっかりと食べる。

 

 

7時20分にホテルを出発、7時50分にナポリ港に到着。

 

ナポリは、古代ギリシャ人によって建設された植民市に起源をもち、13世紀以降はナポリ王国の首都として南イタリアの政治・経済の中心地となった。ベスビオス火山を背景とする風光明媚な景観で知られる観光都市であり“ナポリを見てから死ね”と謳われる。旧市街地区は「ナポリ歴史地区」として世界遺産に登録されている。

ナポリは鹿児島市と姉妹都市、鹿児島市は『東洋のナポリ』と称されている。

 

「ナポリ」の語源はギリシア語の「ネアポリス」=新しいポリス(=都市)。

 

世界三大美港の一つとされることがある。また日本では世界三大夜景の一つともされている。しかし、三大夜景、三大美港、など三大〇〇、っていう表現の仕方は日本独特のものようですね。

 

ナポリ港に到着

港の近くの城塞

このジエッフォイルで『カプリ島』に向かう

 

カプリ島

カプリ島はナポリからナポリ湾を挟んで南に約30kmに位置する。周囲10㎞程の小さな島だが、風光明媚な土地と知られている。カプリ島の周囲はかなりの部分が断崖絶壁に囲まれている。

 

カプリ島で、この船に乗り換えて『青の洞窟』に向かう

船からのロープで青の洞窟に入るための小舟を引っ張っている。

 

『青の洞窟』の入り口に着いた、ここで手漕ぎの小舟に乗り換える。『青の洞窟』に入れる可能性・確率は、6~8月は80%台、12月~1月は20%くらいだそうです。天候(風・波・雨)などの影響で洞窟の中に入れない日が冬場に多いのだそうですが、無事に入れたのは幸運だった。夏場には、入れる確率は高くなるが、観光客が大いので待ち時間がかかるそうです。

しかし、『カプリ島は夏』のイメージですね。

 

この船に4名乗る。

真ん中に見えるのが洞窟の入り口

 

洞窟の入り口、とても狭いので、船底に寝そべる、頭を岩にぶつけないように

洞窟の中は『青色』

洞窟の中は、太陽光線が海底に反射して海中を通過して届くために、海水の青さを照らし出し海面が青く輝く。神秘的な雰囲気を醸し出すので人気スポットとなっている。

幻想的でした!

 

 

 

 

 

 

 

『カプリ島』に戻り、街を散策した

冬期はお客が少なくて寒々しい雰囲気、やっぱり夏が似合うところですね。

バル、GROTTAは洞窟、AZZURRAは青の意味でしたから、このバルは『青の洞窟バル』と云う名の居酒屋かな??

 

 

11時20分カプリ島発のジエットフォイルでナポリに戻る。

 

ナポリから『ソレント』に向かう。

カンツオーネの名曲『帰れソレントへ』で有名なところです。この曲は1902年にイタリアの首相がソレントを訪問した際に作られた曲だそうです。


ソレントで昼食

サラダ・チーズ添え、シーフードリゾット、フルーツ。

 

 

 

 

 

 

この料理は私達用ではなかった。ご馳走が沢山並んでいたのに、残念でした。

 

『ソレント』からは、小型バスに乗り換えて(大型バスの通行不可)、海岸線に沿った断崖絶壁の中の狭い道を行く。アマルフィの海岸線をみながら。


アマルフィは急峻なアマルフィ海岸に面して築かれた都市。起源は古代ローマ時代まで遡る。海洋に面し、かつ複雑な地形に囲まれており、外敵の侵入を撃退するのに適していた。839年ナポリ公国から独立を宣言してアマルフィ公国となり、イスラム勢力との抗争のなかで勢力を拡大していった。

ユネスコの世界遺産に登録されている。

 

アマルフィの最盛期は11世紀に達成され、その後急速に衰退した。

 

狭い土地を有効利用するため、アーチの上に家を建て、上へ上へと建て増したため、断崖にへばりつくように建物が密集している。外敵の侵入を防ぐ為もあって階段で出来た路地が複雑に入り組んでいる。

 

 

 

 

 

アマルフィの特産品はレモンチェロと手漉き紙。レモンチェッロの原料にはこの地方特産のレモンが用いられる。アマルフィの急斜面にはレモン畑が多い。手漉き紙は、イタリア半島で最初に製紙法が伝わったであり、紙漉きに必要な清流が存在したことから発達した。日本においても、手漉き紙と清流は結びついている。

急峻な地にびっしりと住居。

 

 

 

アマルフィの町に到着し、自由行動時間が約1時間あったので、『アマルフィ大聖堂(ドゥオーモ)』に行く、他の方々はお買い物。このアマルフィ大聖堂は、アラブ=シチリア様式のもので、アマルフィの代表的な建造物。11世紀に建造が始まり、雄大な正面(ファサード)、1066年にコンスタンチノープルで作られた青銅製の扉、そして13世紀の美しい『天国の回廊』など、特徴的な多くの追加工事が行われた。

 

アマルフィの守護聖人『聖アンドレア』の像、「聖アンドレアの奇跡」として有名だそうです。

 

 

 

『アマルフィ大聖堂』の正面、アラブ風。

 

マリア像

キリスト像

 

 

大聖堂の名かはゴチック風

『聖アンドレアの祭壇』

 

 

 

 

 

 

 

 

3時50分にアマルフィを出発しナポリ戻り、夕食となった。アマルフィのからナポリ間は約70km。

サラダ

 

マルゲリータピザ、大きなピザが一人一枚。

 

『ピザ』の起源はアラブのパンの一種『ビタ』がナポリに伝わり、ナポリで『ピッツァ』と呼ぶようになったことと言われている。『ナポリピッツァ』の代表格が『マルゲリータピザ』である。これは統一イタリア王国のマルゲリータ王妃が1889年ナポリ来訪の際に、ブランディという店がイタリアの三色旗を模して、トマト〔赤〕、パジリコ〔緑〕、モッツァレラチーズ〔白〕で生地を飾って捧げたことに由来する。

 

殆どの部分、残してしまった。ピザ職人さん・・ゴメンナサイ!!

デザートもありました。

 

観光は全て終了、明日からは帰国となる、長いフライトには辟易だが仕方ないので、我慢の一手あるのみ。

 

20時にホテルに戻り、入浴後、荷物の整理をして、早く寝る。熱あり、大した熱ではないが、熱には極度に弱いので・・。