3月28日(金)
『フマユーン廟』に、9時30分過ぎに到着。
世界遺産に登録されている。
『フマユーン廟』は、ムガル帝国第二代皇帝『フマユーン』の
墓廟。
インドにおけるイスラーム建築の精華の一つと評され、
その建築スタイルは『タージ・マハル』にも影響を与えた
といわれる。
ムガル帝国第二代皇帝フマユーンは、インド北部の君主
の座を奪われてペルシャに亡命し、流浪の生活を余儀なく
された。
1555年に北インドの再征服に成功したが、翌1556年に
事故死してしまった。数奇な人生を歩んだようです。
フマユーン死後の1565年、ペルシャ出身の王妃で信仰
厚いモスリムであった王妃が、亡き夫のためにデリーの
ヤムナー川のほとりに壮麗な墓廟を建設することを命じた。
9年の歳月を経て完成された。その建築はムガル帝国の
廟建築の原型を示すといわれている。
インドの歴史において、フマユーン廟は、ムガル帝国終焉
の舞台となった。
ムガル朝最後の皇帝は、フマユーンにて捕縛され、裁判に
かけられ帝位を剥奪された。
ヒンドゥー語は、右から読むのか?左から読むのか?
左から読むのが正解だそうです。
『フマユーン廟』から『クトゥブミナーレ』へ行く。
『クトゥブミナーレ』は、世界で最も高い『ミナレット』で、72.5m
の高さを誇る。
1200年頃に奴隷王朝の建国者であった『アイバク』によって
モスクに付帯して建てられた。
ヒンドゥー様式とイスラーム様式の混在した様式となっている。
現在の高さは72.5mだが、地震や落雷などで先端が崩れた
後に修復してあり、建設当初は100mほどの高さがあったもの
と、推測されている。
塔の直径は、基部で14.3mに対して、先端は2、75mであり、
文字通り『尖塔』である。
内部には378段の階段があり、以前は先端部まで上がること
が出来たが、事故があり、現在は上ることは出来ない。
このミナレットの近くに、未完のミナレットの基部がある。
直径25mの巨大な基部が見える。
財政難で、建設を断念したようだが、もし完成していれば
100mを優に超えるミナレットになったようだ。
華やかな女性観光客
インドの中高年の女性は、お腹や背中に、お肉タップリ。
デリーの鉄柱。
クトゥブミナーレの中に『デリーのさびない鉄柱』と称されるもの
があった。
紀元前のマウリア朝に実在した『アショーカ王』を讃え、平和を
願う目的で1500年前に建てられた。
99.72%の高純度鉄で、高さ7m、重さ10トン。
錆びない理由は諸説ある。
260~270kmのロングドライブとなる。









































