『もどき』か?、『まがいもの』か? | わさモンのブログ

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12月30日(月)


いよいよ年末になってきました。

これで何度目の年末だろうか?って、考えるまでも

無く、年齢と同じ数の歳末を送って来たのでした。


年末になったからって、日頃と殆ど変らない暮らし

振りなのだが、カミサンが年末~年始の準備を

いろいろと取り組んでいるので・・・、ちょっとばかり

大掃除の真似事を行った。


ただ、『大掃除もどき』、『大掃除まがい』と、云う

程度のもので、あまり役立ってはいないのだが、

何かをしないと落ち着かない。


プロ野球界やサッカーのJリーグでは、毎年の11月、

12月において、次年度以降に活躍の期待できない

選手に対して『戦力外通告』が選手に行われている。


つまるところ、戦力外とは『クビ宣言』であるので、

我々年代の男族も、カミサンからの『戦力外通告』

を受けないようにしなければ・・・。




午後、テレビのスイッチを入れたら、BS103で市川昆氏

が監督をした『東京オリンピック』の映画番組を放送

していた。


この映画は、随分以前に2、3度見たことがあったのだが、

良い映画だったので、録画をして、今夜見ました。


東京オリンピックは昭和39年=1964年に開催されたが、

この年は、私が社会人となった年なので、忘れ難い時代

となっている。


東海道新幹線の開通、オリンピック、高速道路時代の

幕開け・・・日本が飛躍しようとする時代だった。


この映画を見て、50年前の東京の街並み、人々の服装、

車のデザイン等など、青春時代を思い返し、感慨深い

モノがあった。


貧しかったが、、日本が青年期だったのでしょう。


往年を懐かしむ・・・そんな年齢になったんですね。

懐かしい時代ではありますが、あのような暮らしは

もう誰にも出来ないですね。


住居、上下水道、冷暖房、車、パソコン、携帯電話、

デジタル時代・・・・今日の生活を、当時は、想像すら

できなかった。

社会の仕組みそのものが変わりましたね。


夕方にかけて球磨川沿いを歩いた。


本日の歩数 15575歩。


球磨川沿いを上流に向かった歩きました

萩原橋を渡る・・長い橋・・曇ってきた

球磨川がは、萩原橋のところで、二手に分かれる

右川が『前川』、左側が『球磨川』となる。

私は『前川』沿いを歩く

帰路、下流に向かって歩く・・・西方向へ

夕暮れ前

橋の耐震工事現場のお飾りが、いつの間にやら

正月バージョンに変わっていた。

(2~3日前までは、クリスマスバージョンだった)