Dressage Today 2010 February, Autism & Healing Power of Horses(Rupert Isaacson) から
2008年、ローワンは発達状態を見るための学術テストを受けた。とても順調でほぼ1年生のあるべきところに到達していることがわかった。2004年にベッツィーに出会う前は、こんな日が来るなんて想像するのは無理だった。ただ、彼は算数の、特に分数の能力が劣っていた。
そこで、クルーと丸馬場に行って鞍上のローワンに半周、四分の一周乗るということを私は話し始めた。そしてこの会話中に収縮駈歩を加えた。数週間後、ローワンは騎乗中に半分、そして四分の一について自分から話し始めたのである。それは10月のことだった。翌年の3月までに分数の引き算を加え、5月までにその引き算を2桁にできた。
現在、このアプローチを他の子供達にも使っている。
これはどこへ向かっていくのだろうか?わかれば良いのだが、とにかくワクワクすることである。この歩みのどこかで、ローワンの助け、ベッツィーの助け、そして私が出会った二人のトレーナーのおかげで私は馬と人のコネクションというのを、それまでとは全く違う形で発見していた。
厳密な馬場馬術の観点からは、それは良質の歩様のために絶え間無いステップの追及というものから私を引き離し、元来の実用的使用であった戦闘や闘牛といった騎馬武道というう私たちが愛するドレッサージュが持っている起源よりも、人間成長と発達を助ける実用性に目を向けることでドレッサージュに連れ戻してくれたと言える。
確信の飛躍としては、私はつい最近、初めてのルシタノのスタリオンを購入したばかりなので、この発見のプロセスは続いて行くのだろうと思っている。私の願いは、以前よりも傲慢でない追及と実際的な本当の価値を見る目を持ちたいということである。それはつまりドレーサージュ、馬場馬術を単にスポーツとしてでなく、奉仕として、癒しとして見ていくということだ。
自閉症の息子ローワンはきっと私より上手にルシタノに乗って助けてくれだろうと思っている。最終的にこれがどこへ行き着くのかはわからない。でも私は他のドレッサージュ熱狂者に私と共にこの道を冒険してみてほしいと思う。本当に、私たちがドレッサージュと呼ぶこれには奇跡が秘められているのである。
2008年、ローワンは発達状態を見るための学術テストを受けた。とても順調でほぼ1年生のあるべきところに到達していることがわかった。2004年にベッツィーに出会う前は、こんな日が来るなんて想像するのは無理だった。ただ、彼は算数の、特に分数の能力が劣っていた。
そこで、クルーと丸馬場に行って鞍上のローワンに半周、四分の一周乗るということを私は話し始めた。そしてこの会話中に収縮駈歩を加えた。数週間後、ローワンは騎乗中に半分、そして四分の一について自分から話し始めたのである。それは10月のことだった。翌年の3月までに分数の引き算を加え、5月までにその引き算を2桁にできた。
現在、このアプローチを他の子供達にも使っている。
これはどこへ向かっていくのだろうか?わかれば良いのだが、とにかくワクワクすることである。この歩みのどこかで、ローワンの助け、ベッツィーの助け、そして私が出会った二人のトレーナーのおかげで私は馬と人のコネクションというのを、それまでとは全く違う形で発見していた。
厳密な馬場馬術の観点からは、それは良質の歩様のために絶え間無いステップの追及というものから私を引き離し、元来の実用的使用であった戦闘や闘牛といった騎馬武道というう私たちが愛するドレッサージュが持っている起源よりも、人間成長と発達を助ける実用性に目を向けることでドレッサージュに連れ戻してくれたと言える。
確信の飛躍としては、私はつい最近、初めてのルシタノのスタリオンを購入したばかりなので、この発見のプロセスは続いて行くのだろうと思っている。私の願いは、以前よりも傲慢でない追及と実際的な本当の価値を見る目を持ちたいということである。それはつまりドレーサージュ、馬場馬術を単にスポーツとしてでなく、奉仕として、癒しとして見ていくということだ。
自閉症の息子ローワンはきっと私より上手にルシタノに乗って助けてくれだろうと思っている。最終的にこれがどこへ行き着くのかはわからない。でも私は他のドレッサージュ熱狂者に私と共にこの道を冒険してみてほしいと思う。本当に、私たちがドレッサージュと呼ぶこれには奇跡が秘められているのである。