お着物大好きな私です・・・


この写真を写した次男の卒業式以来着ていない・・・(´;ω;`)


なんだかなぁ~



1時期お出かけの時は必ず着て行こう!!

と心に決めて頑張っていた。



でもいつの間にか「あれや、これや」と自分に言い訳をして・・・



何が背中を押してくれるのか・・・

何が足かせになってしまうのか・・・

編み物でも読書でも同じことがある。

飽き症なのかなぁ~もちろん根性なしであることは間違いないけど・・・


最近とても素敵にお着物を着てらっしゃる方をよく見かけます。

とっても嬉しくなります。ついていきたくなっちゃう(*´∀`人)



お着物の良さをもっともっといろんな人に知ってもらいたいと思う。


今年こそは!今年こそは!と思い続けて早何年。。。。


年をとるにつれ、様々な事から解放されて自由が増えてきた。


今だからこそもう十分お着物を楽しめるはずなんだけど・・・・

と、自分の中の長い長~いぼやきを書いて

自分の背中を押そうと試みる。。。。



まっ!頑張ってみっかなぁ~( ̄∇ ̄*)



他にも頑張らなきゃいけないことは多々あるんだけど・・・・(;-ω-)




なんだかなぁ~



今朝4時にゃんこのキューちゃんが永眠致しました。。。。



生後15年だから、人でいうと76歳くらいらしい・・



2~3日前から具合が良くなかったので「そろそろだなぁ~」と覚悟はしていた。


数年前から「甲状腺の異常」があり食べても食べても痩せていっていた。(何気に羨ましい・・・シラー)


でも元気あるしとにかく食べるから先生からも心配いらないと言われていた。




昨日帰宅してから1晩中抱いて夜を明かした。


私の胸に顔を埋め眠り時々顔を上げ私をじっと見つめる・・・

それを1晩中繰り返していた。


私がいるのを確認しているように思えるからそのたびに


「大丈夫よ!ママはここにいるよ」と話しかけていた。・




15年前親からはぐれ3羽のカラスに囲まれていた処を助けて家に連れて帰ってきた。

丁度25日の給料日だったから名前は「キューちゃん」^m^


カラスに囲まれたトラウマからなのか常にビクビクしていた。




「抱っこしてくれる?」


「ご飯くれる?」


「なでてくれる?」


そう訴えているかのような眼差しをいつも私に送っていた。


もし1匹とだけ「お話ができる魔法」があるならば、私はキューちゃんに訊きたかった・・・





「キューちゃん!楽しい?楽しんでる?うちに来て幸せだった?」





女王ひみこ(ヨークシャテリア)は、ボス猫のミューちゃん、おばちゃん、シャムンジャには逆らわないけど

他のにゃんこが私に甘えることを許さなかった・・・


だからキューちゃんを抱っこできるのはせいぜい3分ほど・・・



昨夜は本人の人生の中で 1番長く私に抱っこされた夜だった。


では何故女王ひみこは怒らなかったのか?


わかっているんです・・・最期の時間を迎えていることを・・・・


アオちゃん、シャムンジャ君、チョー子ちゃんの時も1日中抱いて過ごしていたけれど


その時も最後まで1度も吠えずに怒らずにジーっと見ていました。

そして時々匂いを嗅ぎにきていました。


きっと動物にしかわからない「何か」があるのだと思います。


普段は吠えたりすることはあっても、やっぱ家族、仲間・・・なんですよね。







あちらの国へ逝った子が4匹になりました。


みんなで仲良く運動会でもするんだろうなぁ~ニコニコ






久しぶりに徹夜をしてしまった私はそろそろオネムです。。。。zzz







まだまだ残暑厳しい毎日が続いておりますガーン


汗が噴水のように噴き出てみたりあせる


クーラーが効き過ぎて、二の腕をさすりっぱなしになってみたりカゼ


季節の変わり目は何かと体調を崩しやすくなるので、

お気をつけあそばせ~パー






さて・・・本題・・・



なんだかなぁ~




3年前初めて「全身麻酔」を経験した時


看護師さんが「今から麻酔をいれます・・・」の声と

同時に目を閉じ数を数え始め


次に目を開けた時には全てが終わっていた。


ただその時のことが記憶の中に、目を閉じて「1・2・3」と数えて

次の瞬間「バンっ!!!」と音がしてシャッターが下りたように

目の前が真っ暗になった映像として残っていた。




そして思った・・・人生が終わる時ってこうなのかも・・・と。





ニャンコ達と暮らしています。


今まで3匹の子を腕の中で看取りました。。。


アオちゃん(ニャンコの名前)は、私の人差し指を握りしめ「にゃ~お」と一声鳴いて眠りについた。


チョー子ちゃんはじ~っと私の目を見つめていたけど心臓は

「コト・・コト・・コト・・」と、静かに止まった。。


シャムンジャ君は「あん・・あん・・」と鳴きながら私の指を

にぎにぎしつつ眠りについた。。




みんな私がお乳を飲ませ、おトイレの世話をして育てた子・・・

みんな私の腕枕で寝て育った子・・・


猫は最期の姿は見せないと言う・・・


でも私はあの子達を1人ぽっちで逝かせるのだけは

絶対にいやだった。



「エゴ」だと言われるかもしれない・・・

いや、きっと私の「エゴ」なんだろう・・・

でも私の子だから・・・




あの子達の「刻が止まる」瞬間に立ち会えた。






始まる時終わる時、これをなんびとも選ぶことはできない・・・

医療事情でもない限り・・・



だからこそ後悔しない毎日を送りたいと誰もが願い

出来うる限りの努力を重ねて行く・・・


病に倒れた時にはそれまでの不摂生を悔やみ考え直し

行いを改めたりする。


でもそれも日々の暮らしに追われ、誘惑に負けていつしかまた薄れていく・・・

そしてまた気付く・・・その繰り返し。



其々の最期の迎え方は誰が決めるのだろう・・・

なにを理由に決めるのだろう・・・


無残であったり、理不尽であったり・・・



でもその分次の世界では幸せな時を過ごせるのだろうか・・・





同じような考えを持ってる友人は次の世界で

「同じ村」で暮らせるらしい。
(経験した人が周りにはいないので確認は取れません。べーっだ!)





でもそう考えた方が楽しいと私は思う。

今の時が終わるのはもちろん寂しいことだけど

その続きは次の世界でまた・・・・音譜


(次は男性かもしれないけど・・・ニコニコ)






数年前に次の世界について書かれた本を読み漁ったことがある。

色んな説があるからうまく説明はできないけど・・・






あるんだと信じて、今を楽しみたい!と思う。



次の世界で今よりももっと楽しみたいと思う。






1度きりの今の人生ではあるんだけど・・・


違う私はまた違う人生でも楽しんでいけるんだと思うと


更に今が楽しくなってくる・・ラブラブ




なんだかなぁ~

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