この方の意見全体を反対しているんじゃないんだが・・
日本全体の課題を50代だけで議論してよいのか?
***夏野剛のネオジャパネスク論
下積みを重視する日本型システムに疑問を呈し、それを「過去のシステム」と呼んでいる。
あることに従事していけば、その対象はそれ従って少しずつ拡大していく。
経験と知識が視野を広げていく。そのような行程を経ないで、視野の広い役割を担うのは大きな間違いだ。
これでは、株主も経営に口を出す・・ いまどきの浅はかなビジネスを推奨するということになる。
逆に言うと、株主が口を出せる程度のビジネスとは底浅い。
そのことに取り組んできたんではない人間が口を出せる程度... ということなのだから。
・・と、この部分だけで分かることがある。
今の組織の問題は、「下積み重視」というような、結果的に状態を命名したような概念及び組織にはなく、●積み上げていけない ●成長できない 人間性にあるということ。
ただし、そのように浅はかな発想は加速している。人間性は堕落している。それに合わせた組織形態こそ望ましいというのならば、55主張は全く間違いだということになる。
あるひとつの道を極めていけばいくほど、「何がいい」とも「悪い」とも一概には言えなくなるものだ。
取り上げた記事に出ているような「誰がやっても大して変わらない。」「大胆な発想がない。」という症状は、何も発想の硬直化や下積みシステムが悪いという部分だけではない。
そのような大胆さや発想の転換とは、「そうすることが必要だから、あえてそれを選択する。」というのが本道だ。組織形態のせいにしてりゃあ、何も解決しない。そんな対象は存在していない。
また、「今どきのITシステムを大規模に導入する」というような大胆な発想があるとしよう... それは本道と関係のない改革であって、これなら別に下積み云々と関係がない。クラウドだろうとSaaSだろうとどんどん活用したらいい。その部分で問題になるのは、「変えないこと」を良しとする発想だ。「変えないこと」という対象など存在していない。その指標を採用するのも当人の妄想だろう。変えたほうがいいものは変える。変えない方がいいものは変えない。それ以上でも以下でもない。但し、「今現在、とても機能している。だからこのままでいきたい。」という発想がある。それは問題点が別であり、この話とは逸れる。
欧米型的、合理的発想に基づくシステムは、大変に浅はかな商売であり、浅はかな商売とは、実は【投資家-事業者-消費者】のうちの投資家強化に繋がっている。「投資家に何が分かる┐( ̄ヘ ̄)┌」・・・そのような事業こそが、事業者としての本道だ。
「積み上げる」という.... 時間と経験が必要な日本型にこそ、日本の素晴らしさはある。ただし、それはその形態を重視しているのではなく、人間性の問題だということ。
日本型が機能しないことから、人間性の堕落を読まなければならないということだ。
昨日の項では「小さな悪意」が拡大していることを述べている。それについて追って取り上げようと思うのだが・・ 「合理的」を形態に採用することで、どんどん人間性がダメダメになっていっている。(「合理的」とは、それぞれの詳細判断に対して使うことであり、「合理的」自体が採用根拠になるものではない。)
但し、若者の人間性低俗化は、今から直していけるし・・ 第一まだロクに社会を経験していない。
深刻なのは、そのような時間を積み上げたハズの人間がどうしようもないことにある。
だからといって、全てをその人たちのせいにするのではない。
次の世代は、現状で各セクションを取り仕切っているそのような大人から、いかに権力を奪い取るか・・ そこに懸っている。
日本全体の課題を50代だけで議論してよいのか?
***夏野剛のネオジャパネスク論
下積みを重視する日本型システムに疑問を呈し、それを「過去のシステム」と呼んでいる。
あることに従事していけば、その対象はそれ従って少しずつ拡大していく。
経験と知識が視野を広げていく。そのような行程を経ないで、視野の広い役割を担うのは大きな間違いだ。
これでは、株主も経営に口を出す・・ いまどきの浅はかなビジネスを推奨するということになる。
逆に言うと、株主が口を出せる程度のビジネスとは底浅い。
そのことに取り組んできたんではない人間が口を出せる程度... ということなのだから。
・・と、この部分だけで分かることがある。
今の組織の問題は、「下積み重視」というような、結果的に状態を命名したような概念及び組織にはなく、●積み上げていけない ●成長できない 人間性にあるということ。
ただし、そのように浅はかな発想は加速している。人間性は堕落している。それに合わせた組織形態こそ望ましいというのならば、55主張は全く間違いだということになる。
あるひとつの道を極めていけばいくほど、「何がいい」とも「悪い」とも一概には言えなくなるものだ。
取り上げた記事に出ているような「誰がやっても大して変わらない。」「大胆な発想がない。」という症状は、何も発想の硬直化や下積みシステムが悪いという部分だけではない。
そのような大胆さや発想の転換とは、「そうすることが必要だから、あえてそれを選択する。」というのが本道だ。組織形態のせいにしてりゃあ、何も解決しない。そんな対象は存在していない。
また、「今どきのITシステムを大規模に導入する」というような大胆な発想があるとしよう... それは本道と関係のない改革であって、これなら別に下積み云々と関係がない。クラウドだろうとSaaSだろうとどんどん活用したらいい。その部分で問題になるのは、「変えないこと」を良しとする発想だ。「変えないこと」という対象など存在していない。その指標を採用するのも当人の妄想だろう。変えたほうがいいものは変える。変えない方がいいものは変えない。それ以上でも以下でもない。但し、「今現在、とても機能している。だからこのままでいきたい。」という発想がある。それは問題点が別であり、この話とは逸れる。
欧米型的、合理的発想に基づくシステムは、大変に浅はかな商売であり、浅はかな商売とは、実は【投資家-事業者-消費者】のうちの投資家強化に繋がっている。「投資家に何が分かる┐( ̄ヘ ̄)┌」・・・そのような事業こそが、事業者としての本道だ。
「積み上げる」という.... 時間と経験が必要な日本型にこそ、日本の素晴らしさはある。ただし、それはその形態を重視しているのではなく、人間性の問題だということ。
日本型が機能しないことから、人間性の堕落を読まなければならないということだ。
昨日の項では「小さな悪意」が拡大していることを述べている。それについて追って取り上げようと思うのだが・・ 「合理的」を形態に採用することで、どんどん人間性がダメダメになっていっている。(「合理的」とは、それぞれの詳細判断に対して使うことであり、「合理的」自体が採用根拠になるものではない。)
但し、若者の人間性低俗化は、今から直していけるし・・ 第一まだロクに社会を経験していない。
深刻なのは、そのような時間を積み上げたハズの人間がどうしようもないことにある。
だからといって、全てをその人たちのせいにするのではない。
次の世代は、現状で各セクションを取り仕切っているそのような大人から、いかに権力を奪い取るか・・ そこに懸っている。