A様BIRTHDAY温泉ツアー その1 | もはやこれまで

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序章~Break on through (to the other side)


「難易度高ぇ…
このゲーム、クリアできる気がしねえ」

旅のしおりを手にした私はそうつぶやいた。


6年もの月日、敢えて接触を避けてきた彼に何を血迷ったかとち狂ったかはたまたもののはずみかその場のノリかいややはり相当頭がアレでナニだったのか、ともかく私は会おうとしていた。
彼の誕生日を祝い、例年開催されているファンクラブイベントに初めて参加申込したのであった。

今年のイベントは Birthday温泉Party と銘打ってある。つまりは温泉旅行である。一泊二日の。初接触を試みるには、ハイレベルに過ぎる催事ではないか。
もちろん私は躊躇した。むしろ躊躇する以前に例年通りスルーした。ファンクラブからのイベントお知らせメール、そんなものは来なかったと。そう思い込もうとした。

しかし日を追うごとに私の頭の中で、お前このままでいいのか、という声が大きくなっていった。
6年も彼を遠巻きに見続けてきて一度も接触することなく会話をすることもなくお前はその生涯を終えるのか、それでお前は我が人生に一片の悔い無しと天を指差し、仁王立ちのまま往生できるのか、ちょっと待て私はラオウじゃねー、ならば宇宙空間にひとり漂い続けて終には考えるのをやめるのか、ってそれはカーズだろ、とかなんとか総勢54人くらいの脳内に棲む私にけしかけられ煩わしくてたまらなくなり、遂に私はPCを立ち上げた。

その時ですらまだ私は、もしかして既に申込期限を過ぎてるかもしれない、それなら仕方ない。今回も見送りだ、などと誰に対してなのかわからない言い訳を考えていた。
果たして会員用ページを開くと、残り数日ではあるものの、イベントは依然受付中であった。
私は観念して申込フォームに必要事項を入力しはじめたが、参加者は抽選という私がしがみつける最後の逃げ道がそこにはまだ残されていたのだった。

そして運命の8月31日。
メールは届いた。

「おめでとうございます」





旅のしおりと共に、小さな、名刺より一回り大きいくらいのピンク色のカードが送られてきた。
誕生日を迎える彼へのメッセージをこのカードに書いて持ってきてくれとしおりには説明がある。宴会の時に手渡してもらう、と。
手書きメッセージを。手渡し、する。

その際、誕生日プレゼントや手紙なども一緒に渡してよろしいという。
これはむしろプレゼントや手紙なしでは彼の前に立つことはできないことを意味する。

一日目イベント終了後にシークレットタイムがあるとも記載されていた。
わかっている。過去の泊まりイベントの例からしてこれは、部屋訪問だ。彼が各客室を回って話をしてくれるのだ。


死して屍拾う者無し。武士道は死ぬことと見つけたり。咲いて散るのが華。雉も鳴かずば撃たれまい。屁のつっぱりはいらんですよ。左手はそえるだけ…脳内の54人の私が各々勝手なことを喚きはじめた。
内地で待つ友人には、もし私が生きて戻ってきて見る影もなく、窶れてたり総白髪だったり或いは総入れ歯だったりしてもその時はそっとしておいてくれないかと告げた。
既に当選メールを受信してから2キロ体重が落ちていた。


「ハードル高ぇ…」

旅のしおりを手にして、私はもう一度つぶやいた。