<プロローグ>

 

ヨーロッパでは、中世末期に興ったルネッサンス運動が、

全土に波及し成熟した結果、宗教的な価値観から脱皮し、

地球は丸い、そして自転して太陽の周りを回っている事に

人々は気付いた。

 

そして、科学的な発見や学問の飛躍的な進歩が、新たなる文明技術を創出し、

その新技術と新学説は、当然人々の興味を外面的な拡大へと導く事になった。

羅針盤や航海術の発達は、今までのヨーロッパ地域だけではなく、

アジアや新大陸へと向けられた。

 

「大航海時代は、男たちに、果てしない夢と希望とロマンを与えた。」

ガマ、ベェスプッチ、コロンブス、マゼランなどの多くの男たちが、

命を懸けて見知らぬ世界へ旅発って行った。

 

旅とは何か?

人は何故旅に出るのだろう?

それは、現実の世界からの逃避なのか?

未知への憧れ、それを求める探求心からの

冒険なのか?

自分とは何かを確かめる行動なのか?

 

わが日本の場合でも、古来、西行・宗祇の昔より、

旅に取り憑かれた人は多い。

未知の場所を訪ねて、先人の文化遺産や自然美に感動し、

そこに住む人々と語り合い、

物の本質を究める厳しい旅も在る。

そして芭蕉の様に、全国を歩いて回ったにもかかわらず、

死ぬ間際まで「旅に病み 夢は枯野を 駆け巡る」の句を残して逝った人もいる。

 

しかし、この様な厳格な旅ばかりでは無く

江戸時代も後半になると、「東海道中膝栗毛」の弥次・喜多道中の様に

名所・旧跡を訪ね、名物を食して回る物見遊山の旅もある。

現代でも、人は一生の内に何度か必ず旅をする。

修学旅行、新婚旅行などは、大切な思い出だ。

但し、旅をするにはお金が掛かる。

終わってみると、残るは写真と思い出のみである。

「あそこの景色は綺麗だった。」

「あの時の料理は美味かった。」

などの記憶が残るのみで、

幸いな事に、よっぽど悪い事以外は、

楽しい事の方が多く残されている。

旅とは不思議なものだ。

 

現在、その「旅」を作り、売っている人々がいる、

「旅行会社」である。また「旅行代理店」とも呼ばれるが、

その意味は2つ有る。

1つは観光業界の運輸・宿泊施設の代わりに宣伝・誘致して送客する。

広告業界と同じ意味で使われる「代理店」と同じ意味だ。

もう1つは大手旅行会社と契約して、

代理で商品を販売する、代理店であるという意味。

 

それは、彼らが「旅館」や「バス」を持っているのではなく、

お客様と受入施設や交通機関の間で

予約・手配を代理でしているからである。

つまり、彼らは何も持ってはいないのだ。

極端な話、電話一本で商売をしている。

パンフレットを見せ、言葉巧みに説明をして、

あたかも素晴らしい夢を見させて、

信用のみでお金を預かると言う凄い商売をしているのである。

とは言え、客と施設の間で、上手く両者の条件を摺り合わせ、

双方から手数料を頂くのは、楽な仕事ではない。

 

まして形の無い商品は返品が利かない。

その時の気分次第で良くもなれば、悪くにもなる。

全てはその時のお客さんの気持ち一つだ。

非常にデリケートで壊れやすい物なのだ。

こんな商品を売る商売が楽なはずが無い。

ところでこの業界は、実は随分昔からあったのだが、

現在の旅行業法が確立されたのは、戦後である。

今の旅行業法は、不動産業法を真似て設定されたらしい。

駅前などに存在する不動産屋が、家や事務所を斡旋する仕事と、

旅行を斡旋する仕事とは多少違いが在るにしても、

役所側からすれば、似た体系で管理がし易いと結論がでた様だ。

 

とにかく、その起源を遡れば、日本では幕末に、

「おかげまいり」と「ええじゃないか」が流行った時代に遡る。

「お伊勢り」のお陰で、日本中に大型団体旅行の基礎が確立した。

各地で「講」を結成し、旅行費を積み立て、

道先案内人の坊主が旅の「手配師」となり、

「お伊勢さん」までの、行く先々の宿や食事場所の予約手配をした。

現在の旅行会社の原型である。

部屋割りから、弁当の用意まで、実に細かい要望に対処したようだから、

現在の添乗員も顔負けだ。

大勢の飯を作るのに、水で炊くより、蒸籠で蒸した方が速いとか、

受入面でも色々と細かい事まで、苦心して考えた。

 

余談だが、西洋では、禁酒生活を持続させるため、

「禁酒同盟」が団体で旅行をした時に、臨時団体専用列車を走らせ、

その鉄道会社が、旅行代理店を創めたと言う説もある。

 

歴史はさておき、この業界を代表するイメージは「添乗員」である。

欧米では、「ツアーリーダー」と呼ばれ、旅行団を率いる地位として、

一番の権力を持ち、参加者からも一目置かれるが、

日本の場合は、旅行に付き添う「添乗員」と呼ばれている。

しかし、宴会の席などでは、「太鼓持ち」の要素が強い。

たまには偉そうにしている奴もいるが、大半は腰が低く愛想が良い。

お金を頂いているお客様には、どんな時でも、笑顔を絶やさず、

サービス精神の固まりだ。

 

身分制度では、士農工商、

犬・猫・猿・鳥、AGT(エージェント・・・旅行代理店)

一時前まで、「お客様は神様です。」の言葉が流行り、

この業界では随分苦労した。

図に乗って、何でもかんでも我が儘を言う客が増えた。

 

宴会の最中、酔っ払いの客にも逆らえずに、

「ワンと鳴け!」と言われて、泣き真似をすると、

「下手くそ!」と怒鳴られ、

足で蹴られて「キャイン!」と叫んで、褒められた奴もいる。

 

走行中のバスの中で「逆立ちをしろ!」と命じられ、

バスガイドの横の通路にて実演し、

「運転手さん、そこでブレーキを掛けてくれ!」

と逆立ちの状態で堪えて満場の拍手を受ける変わり者もいた。

 

ある程度の事は我慢して応じているが、

余りに理不尽なリクエストには閉口する。

しかし、天気が悪いのも添乗員の責任と言われれば、

普段の行いが悪いのかとも思い、せめて下手な歌でも歌い、

お客様の気分転換に役立つならと、

サービス精神を発揮するのが悲しい性である。

 

この物語は日本中がバブルと呼ばれた時代に、

たまたまそんな業界に、夢と希望を抱いて飛び込んだ、

ただ旅行が好きで、人間が好きな若者の物語だ。

 

余り歌が得意ではない彼の持ち歌は・・・

 

添乗員の歌(軍歌、月月火水木金金の替歌)だ。

 

タンタランタ、タンタランタ~~

1.      長崎鼻へ、函館山へ

   西へ東へ 旅から旅へ

光る腕章 00観光

   旅の男の添乗業務、月月火水木金金

 

2.      船は出てゆく、テープは切れる

   別れ別れの 別府の港

  涙流しちゃ カモメが笑う

   旅の男の添乗業務、月月火水木金金

 

3.      夢は広がる世界の空へ

   霧のロンドン、ワイキキの浜

  にっこり笑った パリジェンヌ

   旅の男の添乗業務、月月火水木金金

続いて本篇へ