第1章

 

「さあ『コシタン』(腰抜け探検隊の略称)の皆さん、

ここが『オタモイ遊園地』の跡です。」

案内役の林が、駐車場の端に立ち、そこに掲示されている

昔の様子を描た俯瞰図を見ながら説明をする。

 

松岡隊員(地理担当)

知人がこの近くに住んでいるんだけど

住所が『オタモイ』とカタカナ表示しかないので、

住所を書くとき恥ずかしい

まるで漢字が書けない子供の様に、

怪訝な顔で見られる。と言ってたな。

 

伊達隊員(歴史担当)

先端に神威岬が在る積丹半島は、

昔から女人禁制の地域で、

特にここらは『白蛇伝説』があるはずだが、

どんな内容だったっけ?

それに近くには『手宮洞窟』や、

余市の『フゴッペ洞窟』が在る。

少し行けば忍路の『ストーンサークル』も・・・

 

斎藤隊員(レジャー担当)

切り立った海岸線には、いくつのも小島があり

中には空洞が有る島もあり、

まるで『青の洞窟』の様な景観も楽しめる

しかし、そこに行くには陸路は無理で、

海上をカヤック等で行くしかない

晴れた日にランチボックスを持って、

青い海で楽しむのも良いかな

 

小田隊員(グルメ担当)

夏になると、この辺のウニは絶品、

生ウニ丼は最高だ。

地酒で一杯、つまみでも美味い。

帰りに、小樽の立ち飲み屋でも寄っていくか。

 

全員林の説明を聞き流しながら、

勝手なことを考えている。

 

『コシタン』メンバーの行動はいつもこうだ。

休日にゴルフもしない、運動もしない、

特に趣味もない連中を誘って

林の独断と偏見で、選んだ場所を、

車で巡る体験をしている。

地域は札幌近郊で、手軽に日帰りで行ける場所

特に観光客がいない、辺鄙な場所を選んでいる。

 

一人では中々行く気もしないし、

一人で行っても面白くないので、

何故かしら、誘われると暇に任せて

一緒に参加するメンバー達だ。

その名前も、誰が言ったか知らないうちに、

『腰抜け探検隊』となった。

行く場所が変わっているので、

そこで出遭う人も変わった人が多い。

でも一番変わっているのは、団員達の方かもしれない。

それ故、思わず腰が引けて、

一人では声も掛け辛い場所や人でも、

皆で行けば怖くない。

そんな腰抜け人間たちでも、安易に参加でき、

きつい縛りもないので、それなりに楽しめる

活動をする団体と言っても良いだろう。

 

今回も林から、「オタモイへ行きませんか?」

と誘いが有り、特に予備知識も持たず、 

フラフラと参加したメンバーたちであった。

 

主催者の林は、実は旅行会社を経営している。

昔は大手の旅行会社の、バリバリの営業マンだった。

バブル期の旅行需要は、大変なもので、

募集すればすぐ満員の人気だった。

お蔭で国内は勿論、世界の果てまで、

一年中添乗員として、飛び回っていた。

配属された新宿支店は、歌舞伎町の目の前に在り、

仕事がはけても、朝まで飲み歩く日々を過ごした。

バブルが弾けて、団体旅行が減り、

仕事が面白く無くなった頃

 

ちょっとした縁から、

札幌の会社へ転職することになった。

ビール会社の関係会社で、大型集客施設の、

観光客の誘致を担当することになった。

しかし、元々自分自身でも、

旅行する事が趣味でもあったので

週末になると、北海道内の隅々まで、

車で出かけている内

各地の美味い物を食べつくし、

出会った面白い人間と縁が出来た。

元々は江戸っ子三代目であったが、

もう自分は蝦夷っ子になった言い放ち、

 

勤めていた会社を辞め

普通の旅行会社では実施できない、

地域の食と体験を満喫できる、

着地型観光専門の旅行会社を創めた。

独断と偏見で実施する、マイナーな企画ばかりで、

一般の観光客からの、申し込みは無い。

ただでさえ儲からない、着地型観光なのに、

参加者も少なくては、これからどうなるのか

神のみぞ知る経営状態だ。

 

駐車場でのひと通りの説明が終わると、

「それではこれから、

実際に『龍宮閣跡』まで歩いてみましょう」

全員それぞれの速度で、

海岸線の狭くて曲がりくねった、小道を歩き始めた。

以前舗装されていた道も、

台風や冬の雪崩のせいで崩れた箇所もあり、

自然と歩く速度もゆっくりとなる。

小さなトンネルや門を抜け暫く進むと、

お堂の様な物の前に出る。

そこを過ぎると、

『龍宮閣』の跡らしき場所にたどり着く。

 

「やっと、目的地に着きました。」

「ここがかつて『龍宮閣』の在った場所です。」

現在は4メートル幅の、コンクリート土台しか残っていない。

一同考え深げに、その場所に立ち、周囲を眺める。

春を迎えた小樽では、馬糞風と呼ばれる、

強風が吹くことも多い

この日も日差しは暖かいながらも、

時たま強い風が吹いていた。

 

「昔の人は、よくこんなところまで、来たもんだ。」

「いくら眺めが良いとこだと言っても、限度を超えている。」

「よっぽど、楽しい宴会でもなきゃ、参加しないよ。」

 

「そう、そこなんですよ。」

「目を閉じて、当時の賑やかの宴会風景を、想像してください。」

「小樽から芸者さん達を船で連れてきて、

この下から梯子で登らせる。

やっと座敷に着いたら、三方海の大パノラマ。

それをバックに、タイやヒラメの舞い踊り

竜宮城にいる浦島太郎の気分を、想像出来るでしょう?」

 

「そんなことを言われても、

今は何もない断崖絶壁の場所、

風が強くて立っているのも大変だ。」

誰かが言ったそばから、

一人が、土台の端付近で突然よろけて倒れた。

「危ない!大丈夫ですか?」

と駆け寄ったもう一人が、

ふと見降ろした際に、

目に入った光景を見つめて

「この絶壁の下に人が倒れている。」

今までのんきに、周囲の景色のみを見ていた全員が、

その言葉で、下を見つめているメンバーの視線をたどった

確かに崖下には、倒れた人間らしき物体が横たわっていた。

「これば大変だ。生きてます?」

「全然動かないから、死んでるかも?」

「どちらかと言われても、ここからじゃ判りませんね。」

崖下までは30メートル位有るので、

このメンバーでは救助にも行けない

救急車を呼んで、助けてもらうしかなさそうだ。

しかしここまで救急車が来れそうもないし、

海上保安庁の方が良いかも

意見はいろいろ分かれたが、とりあえず、

思いつくところを、手あたり次第に電話を入れた。

 

その後現場は大騒ぎになった。

救急車や警察のパトカー、

海からは海上保安庁の船などが

現場に集まり大混乱となった。

 

発見者となった隊員メンバーは、

長時間待たされた挙句、

何回も、同じ質問され、長い一日となった。

 

結局、発見された人は残念ながら息絶えていた。

自殺なのか?突き落とされての他殺なのか?

事件なのか?事故なのか?

原因は判明せずとのことでその日は終わった。

いつもはのんびりと、ゆるい探検隊の行動も、

この日は慌しく過ぎ去った。

 

一段落して解放されたコシタンメンバーは、

昼食も取らずにいたことに気づき

小樽市内に戻り、食事をとることにした

駅前地区で運河へと続く、メインの坂道から

少し入った「静屋通り」にある

隊員行きつけの蕎麦屋、『藪半』で集合した。

入口は、いかにも蕎麦屋らしい木造の店構えで、

中に入ると、静かで落ち着いた雰囲気の店だ。

店の奥は、石造りの蔵を改装した、座敷になっており

市内の常連は、ここで会合をする。

隊員もやっと一息つけた。

車の運転する者以外は、

日本酒でお清めをしながら

店の主人に本日の出来事を伝えた。

 

実はこの店主の小川原は

『小樽歴史研究会』の会長であり

かつて小樽運河の保存活動を実施し、

運河を残した男だった。

小樽のことは何でも知っている

生き字引のような存在だ

毎回小樽で探検隊の会をする時は、

何かといつもお世話になっている。

「親父さん、今日は大変だったんですよ」 

と林が切り出し、

「いつもあんたは、大変な事ばかり持ち込んでくるね。」

「今日は一体何の話かね?」

と主人が、面戸臭そうに返事を返す。

そこで林は

「今日オタモイ海岸で、事件があったことは知ってますか?」

と再度話しかける

「ああ、さっき来たお客さんが、そんなことを話してたな。」

今度は少し興味深げに返事があった。

「そうなんですよ。その発見者が私達なんです。」

林の話に少し驚き、

「何と、今回は本当に大変な事に、

巻き込まれた様だね。」

やっと話に乗りかけた時に

「これからゆっくり話すけど、

腹ペコでまずはお蕎麦が食べたい。」

主人は渋々注文を受けて料理場へ

隊員全員、それぞれ好きな蕎麦で満足して、

一服すると、

 

頃合いを見張って一同の所に戻ってきた主人に

代表して林が主人に説明をし始めた。

 

大体の話は、先ほどのお客からも聞き取っていた様だったが

再度、林の話を興味深げに聞いてから、

一呼吸を置いて主人が

「これは自殺じゃないな。

誰かに突き落とされたに違いない。」

と断言した。

「それはどうしてそう思ったんですか?

警察もまだ発表していないし、

倒れていた人間の身元さえ、

判明していないじゃないですか?」

林が反論すると

「どうもその仏さんと言うのは

「北の誉」の四代目らしい。

最近いろいろ悩み事が多くて、

精神的に滅入っていたらしい。」

 

その説明を聞いて、更に林が反論する

「それじゃあ、自殺じゃないですか。」

すると主人が

「話はまだ途中だ、最後までよく聞いてからにしてくれ」

と諭して、話を続けた

「実は一年前に『和光荘』で或る事件あった。」

「『和光荘』は皆知ってるな?

以前皆を連れて、探検に行った処だ。

代々『北の誉』の社長の別邸で、

正面から見ると素晴らしい洋館づくりの建物、

玄関から入り、一階の応接室には豪華な家具が並び、

二階には、オンドル形式のダイニングが有り、

食器棚にはマイセンの磁器の他

和食器は柿右衛門の、有田焼がずらりと並んでいる。

天窓から光が差し込む、パティオまである歴史的建築物だ。

しかし、この建物は少々変わっていて、

裏に和式の庭園があるが、

この庭から見ると、屋敷全体が和式造りに見える。

見えるというより、和式にしか見えない。

先ほど玄関から入ってきた洋館はどこに行ったのか

信じられない構造となっている。

小樽の有名な酒蔵と言えば莫大な財産を有し

贅沢な暮らしが出来たのだろうと想像する。

別邸なので、来賓が来た時以外は、普段は使用しないが

一年前に四代目がここで暮らすようになった。

その訳は詳しく分からないが、

その頃から精神的に病んでいた、との噂が流れた。」

 

ここで一息入れて、主人の話はまだ続く、

「どうもその理由は、

代々伝わるオルゴールと関係が有りそうだ。

四代目がそのオルゴールを抱えて

屋敷中を歩き回っていた姿を

女中が見たという噂だ。

 

『北の誉』の歴史は古く、

初代はロシアのロマノフ王朝の関係者が、

小樽に暫く滞在していた時に、

榎本子爵に頼まれて、いろいろと世話をした、

その時のお礼に、

豪華なオルゴールを、置いて行ったらしい。

それが、屋敷の宝の一つとして伝わっている。

四代目が持っていた、オルゴールがそれではないか?

その中に、何か大切なものが、入っていたという噂だ。」

 

ここまで一気に話した主人に

「それが今回の事件とどう結びつくのでしょう?」

と林が聞くと

「話は最後まで聞いてくれ」

と主人が続ける。

 

「女中の話によると、最近何組かの来客があり、

その度に、四代目と揉めていたらしい。

例えば、オルゴール箱とか・・・

その件で、殺されたかも知れない。」

やっと主人の話が一段落したところで

 

また林が質問する。

「ご主人は、犯人はオルゴールを取る為に、

四代目を殺したと推察した訳ですね?

しかし、なんでわざわざオタモイで

犯行に及んだのでしょう?」

 

林の言葉に対して首をひねりながら

「そこが謎だな」

主人の話を聞き終わり、

隊員の一人の松岡が

「もしかして、四代目はオルゴールの秘密を、

見つけたのでは、ないでしょうか?

ここまでの話を全員静かに聞いていたが、

続けて話す人間はおらず

全員が首をかしげて、

自分なりに考えを整理しようとしていた。

 

すると突然、

奥の席で、一人で日本酒を飲んでいた老人が

「そのオルゴール箱に入っていたのは、財宝の隠し場所だ。」

一同は驚いて、その老人の方を振り返ると、

老人は平然と続けて話始めた。

「昔、わしのじいさんは、友人の榎本さんから

その話を聞いたことが、あると言っていた。」

「日露戦争が終結して、樺太の領土境界線を決める会議が

旧日本郵船の小樽支店の建物で行われた。

その頃、密命を受け、日本に来ていたロシア人から、

ある相談を受けていたらしい。」

 

店主の小川原は頷きながら、

「永倉さん、おじいさんは、

そんなことを言っていたのですか?」

今度は、ポカンと口を開けている、

隊員たちに向かい、老人を紹介した。

「皆さん、実はこのご老人は、

かの永倉新八のお孫さんです。」

「永倉新八と言えば、

幕末の新選組で二番組隊長を務め、

その腕前は新道無念流(龍飛剣)、

新選組でも一番強い剣士で、

数々の修羅場で搔い潜り、

明治になっても生き残った人だ。

晩年は小樽に住み、

時々札幌農学校(北大)でも、

剣術の指南をしていた御仁だ。」

 

一同は思わず頭を下げて、

その老人に向かい正座をしていた。

老人は一同の動きを無視して、話を続けた。

「じいさんの話によると、

榎本さんは、そのロシア人を保護して、

『北の誉』の初代に預けたと聞いている。」

「そのロシア人が、高価なオルゴール箱を持っていたらしい。」

永倉老人の話を聞いていた途中で、

 

隊員の伊達がひとつ質問した。

「榎本さんとは、榎本子爵のことで、

幕末の戊辰戦争で幕府側の人で、

函館の五稜郭に籠り、

最後まで抵抗した人ですよね?」

それを受けて、老人は

「抵抗しただけではなく、

北海道を『蝦夷共和国』として

世界に独立宣言した人じゃ。」

最終的に五稜郭は明け渡し、

官軍に降伏したが、その能力の高さを買われ、

明治政府でも外交関係で活躍し、

日露戦争の終結に尽力した人だ。

今でも小樽の商店街に、榎本さんの肖像画が、

描かれた旗が掲げられているじゃろ。」

と、説明を付け加えた。

 

一同は思わぬ展開に、思考回路が付いていかず、

只時間だけが過ぎていった。

暫くすると、店主の小川原は

「話を整理すると、永倉さんは、

榎本子爵が保護していたロシア人が

財宝の隠し場所を示す何かを、

オルゴール箱に入れて持っていた。

そして、『北の誉』の四代目が何かのきっかけで、

一年前からそれに気づき、

財宝の在処を探していた。

と思う訳ですね?」

とまとめた。

 

「ということは、財宝探しをしていた、

四代目が自殺をするはずは無く、

誰か同じように財宝を狙っていた者が、

故意か事故か不明だが、

四代目をオタモイへ呼び出し、

『龍宮閣』跡で突き落とした。

この推論が有力だね。」

 

これを受けて、隊員の斎藤が

「事件現場に、オルゴール箱が有った

という話は聞いてない。

そのオルゴール箱は何処にあるのか?

本当に財宝はあるのか?

そしてその犯人は一体何者なのか?

謎は沢山ありますね。」

 

蔵の中では時間が分からず、

すでに夜になっていたので、林が

「今日はいろいろなことが有って、

大変お疲れ様でした。

ここらでお開きとしますか。」

 

永岡老人も、店主の小川原も、

まだ話し足りず、不満そうだったが、

「この続きは今度の土曜日に、

またここでやりましょう!」

「それまでに皆さんそれぞれ、

財宝の隠し場所や、

犯人の手がかりを、

集めておいてください。」

隊員一同はさすがに疲れ果て、

三々五々に散っていった。

 

帰ろうとする林を呼び止めて、

隊員の小田が

「このまま帰っても、興奮して眠れやしない。

もう一軒付き合ってくださいよ。」

と誘った。同じ気分だったので、林も

「そうですね。それじゃあ

『かすべ』でも行きますか?と答えて、

 

二人はアーケードの商店街を抜け、

すし屋通りを横切り、JRの高架下をくぐって、

夜の飲み屋が多い花園地域の細道を少し上り、

突き当りにある、『かすべ』という名の店に着いた。

「こんばんは~」と言って入口を入り、

三和土度の端で靴を脱ぎ

勝手に囲炉裏のある座敷に上がった・

 

すると、関西お笑い界の京唄子師匠に、

よく似た唄子ママは、

「いらっしゃい!

今日は二人なの?

いつもの皆はどうしたの?

これじゃ、また売り上げが上がらないじゃない。

皆の分も頼んだつもりで、

どんどん注文してよ。」

 

いつもの明るい接客に癒されて、

まずはビールを注文し

「ママは永倉さんを知ってますか?」

と尋ねた。するとビールを持ってきたママは

「永倉さんって、

あの新選組の生き残りのお孫さん?」

その永倉さんならよく知ってるわよ。」

あたしが、以前勤めていた

『キャバレー現代』のお客さんですよ。」

 

今度は隊員の小田が{

「その『キャバレー現代』って何ですか?」

「あら、そうねえ~

あんたたちは若いから知らないか。」

「駅前の『薮半』さんのある通りに、

かつてあった有名なキャバレーよ。」

「キャバレーと言っても、

ホステスは全員七十歳以上、

玄関に下足番がいて、靴を脱いで上がり。

和式つくりの建物だったわ。」

 

「ええっ?すると、ママは実は九十歳以上?」

その質問に素早く応えて

「そんなはずないでしょう。

あたしが幾つに見えるの?

その当時、あたしはホステスでは無く、

料理場の下働きだったの。

店に来るお客さんは、小樽の名士ばかりで、

日銀や郵船の支店長、

会議所や商工会の役員などで、

小樽を動かしている重要人物ばかりだった。

だから小樽の重要案件はこの店で決定される。

 

全て取り仕切る店の大ママの存在は絶対だった。

当然ホステス達の口は堅く教育された。

私が仕事が辛くて、店の裏で泣いてると、

客の一人で『小樽タイムズ』の編集長だった永倉さんは。

よく話を聞いて慰めてくれた優しい人だったわ。」

と一気に説明をすると

 

「料理は、いつものでいいわね?

今日のかすべの煮凝りは絶品よ。」

と言って、店の奥へ行ってしまった。

林は、小田に

「今日は、昔話のオンパレードですね。

何かタイムスリップした気分です。」

小田は

「びっくりですね、今まで、

そんな話は聞いたことがない。

ママも苦労した時代が有ったんですね。

化粧が厚いので、何歳か前から疑問でしたが、

こんなことを言うと又怒られる。」

 

お通しと煮凝りを運んできた唄子ママは

「何回も行き来するのは面倒くさいので、

熱燗も持って来たわよ。」

縄文土器のような徳利に入った日本酒を

囲炉裏の中に突っ込み中断してた話を続けた

 

「さっきの話、あの永倉さんがどうかしの?」

それを受けて、

林が今日起きた出来事を簡略して語ると

「やっぱり発見したのは、あんたたちだったのね。

四代目の事件は町中の噂で持ち切りよ。」

「それで永倉さんは何て言ったの?」

さっきのビールを一気に飲み干した林が

「永倉さんが言うのには、これは殺人事件だ。

それもロシアの財宝がらみだ。」と言うのです。

同席してた小川原さんまで、頷いていたのです。」

 

するとママは

「あの二人がそういうのなら、何か根拠があるわね。」

「和光壮の女中が、最近来客が何組かいて

それから四代目は何か悩んでいた。と、言ってたわね。

その女中は私の知り合いだから、確かめなきゃね。」

と一人で何か考えながら、また奥の厨房へ行ってしまった。

 

残った林と小田は

「小樽は狭い、皆知り合いばかりで、人間関係が複雑だ。

まずは、かすべの煮凝りで、熱燗と行きますか。」

と言って、本格的に飲み始めた。

奥で電話する声が聞こえたようだったが、

そんなことは気にせず、

二人は今日の出来事を忘れるべく呑み続けた。

 

暫くすると、ママが戻ってきて

「明日、和光壮へ行ってみない。

明日は日曜だから、お店もお休みだし、

話題の女中さんにも直接話が聞けるわよ。」

とママが、二人を誘うと

酔いが回っていた二人は

「了解で~す!行きましょ、行きましょ!」と

簡単に同意した。

しかしその時は、JRの終電時刻が

過ぎていたのも忘れていた。

結局この二人は家へ帰れず、

市内のビジネスホテルで泊まる羽目となった。

 

翌日は早朝から和光壮に到着した探検隊の二人は

二日酔いで頭が痛いのと、吐き気を我慢しながら、

唄子ママを待っていた。

やがてオープンカーの外車が一台近づいてきた。

それに乗った女性は、首に巻いた黄色のスカーフを靡かせ、

サングラスをかけていた。

「皆さんおはよう、ご機嫌はいかが?」と

声をかけて来た女性は、唄子ママだった。

普段店では着物姿で。割烹着を着ている姿しか

見たことがない二人は茫然として

「おはようございます。」

「もしかして、貴方は唄子ママ?」

依然として、まだその事実を信じられない二人は、

目の前にいきなり、

かつての有名女優「オードリーヘップバーン」が

現れた幻覚を見ているようだった。

 

「あたしよ、あたし。

何よ狐につままれたような顔をしてるの?」

洋館の正面玄関前に車を停めて、

さっそうと下り、サングラスを外すと、

ハイヒールのカツカツという音を響かせ、

玄関から建物に入っていった。

その姿を追って、隊員の二人も急いで続いた。

 

玄関では女中の佳代が待っていた。

佳代は永年この和光壮で働いている。

出身は海を隔てて、

小樽の反対側の厚田村の出身だ。

中学卒業後、親戚の紹介で、

この屋敷に務めるようになった。

性格は物静かで、口数も少ない、

正反対の性格の歌子ママと、

どこで知り合ったのかは不明だ。

 

三人は玄関続きの応接間に導かれた。

ソファーに座り、紅茶出された後、

まずは唄子ママが、話始めた。

「昨日の事件で大変の中、お邪魔してごめんなさい。」

という唄子ママの言葉に、佳代は

「警察はまだ、事件か事故か確定していません。」

「やはり事件なんですか?」と問いかけた。

それに応えて歌子ママは

「たぶんね。少なくとも、私はそう思っているわ。」

「もしも自殺するなら、

なにも遠くのオタモイまで行く必要も無いし、

小樽市内にいくらもあるじゃない?

誰かに呼び出されたに決まってるわよ。」

その言葉に佳代は

「一体誰がそんなことをしたのでしょう?

優しい旦那様でしたし、

人から恨まれるような人ではありません。」

またそれにこたえて歌子ママは

「最近見知らぬ客の訪問が、何組かあったみたいね?

その人たちはどんな人だったの?」

「私は、この部屋にご案内して、お茶を出しただけなので、

お顔を少し拝見した程度ですが、

一組はロシア系の外国人夫婦みたいで、

もう一組は、なにやら小説家の先生だったと思います。」

 

その言葉に反応して小田は

「やはりロシアの財宝が絡んでいたか・・・」と独り言

もう一人の隊員の林は

「四代目はオルゴール箱を持って悩んでいた

との噂がありますが、その辺りは如何でしょう?」

矢継ぎ早の質問に、少し困ったような佳代は、唄子ママに

「このお二人は、ママとどういう関係なのですか?」

 

それに応えて、唄子ママは

「ありゃ嫌だ、まだ正式に紹介してなかったわね。

この二人は古くからの、あたしの店のお客で、

「腰抜け探検隊」という、変な集まりの会員なのよ。

昨日オタモイで、四代目の死体を発見したのは、

実はこの人達なの。」

と説明した。

それを聞いて佳代は

「旦那様を見つけて頂き、

本当にありがとうございます。

おとといの夕方、お出かけになってから、

戻られないので、心配しておりましたが、

こんなことになって、一体どうしたら良いのか・・・」

それに応じて唄子ママは

「大丈夫、心配ないしないで、

私に任せて。いとこ同士なんだから。」

 

それを聞いて小田は

「げっげー、お二人は親戚関係だったのですか?

しかし、性格は全然違うので、

想像もしてなかったな。」

そんな会話を完全に無視して林は

「あの~話を戻すと、

四代目は一体誰に呼び出されたのですかね?」

 

唄子ママも話を進め

「そうそう、そこが問題よ。

オルゴール箱を持って悩んでいた

というのは去年からでしょう?

そしてロシア系の外国人が来たのはいつ頃?」

 

佳代は少し思い出すように語り始めた。

「確か一か月くらい前だったと思いますが、

外国からのお客様が見えたのは

久しぶりでしたので、よく覚えています。

紅茶を出しに客間へ入ると、男性の方は、

高級なスーツを身に着けて、理知的な印象でした。

驚いたことに、たいそう上手な日本語で

会話されていました。」

 

すると唄子ママは

「話の内容は何だったの?」

佳代は続けて

「私はお茶を出してからすぐ部屋を出たので、

詳しい内容は聞いてませんが、

暫くすると、客間からは興奮した

大きな声が聞こえてきました。

四代目の声で「絶対渡さない!」」

とおっしゃっていました。」

 

唄子ママは

「なるほど、四代目はかなり怒っていたのね。

そのロシア人は一体どんな話をしたのかしら?

あの物静かな四代目を怒らせるぐらいだから、

よっぽど失礼な内容だったようね。」

 

佳代も続けて

「私もそう思います。その客がお帰りになっても、

四代目はなかなか興奮が冷めず、

風に当たるとおっしゃって、

庭を散歩されておりました。」

 

唄子ママは

「そのロシア人は一体何者なのかしら?

そしてもう一人の連れの女性はどんな感じだったの?j

佳代は

「女性は、男性の奥様か妹さんのような印象でした。

上品で控え目な感じで、おとなしそうでした。」

小田は

「やはりその二人があやしいですよ。間違い無い」

林は

「もう一組の小説家の名前は、憶えていますか?

どんな人だったのでしょう?」

 

佳代は

「名前は判りません。どんな感じと言われても、

私の小説に・・・

と言われた言葉だけが

聞こえてきたので、私はそう思っていました。」

唄子ママは

「そうよね。女中の仕事はお客様に、

お茶を出すくらいだから、

話の内容までは分からないのが当然よ。」

「それに四代目は無口で神経質だから、

出しゃばるのは嫌いだし、

何事も自分で抱え込み、

他人には相談しない性格だから、困ったわね。」

 

「そうだ、四代目の書斎の机に、

相手の名刺が残ってないかしら?

それと四代目が大事に抱えていた

「オルゴール箱」も探しましょう。

警察に持っていかれる前に、確認したいわ。

佳代ちゃんお願い、書斎に連れてって、

亡き四代目の為にも。」

佳代は戸惑っていたが、

世話になっている唄子ママに迫られて、

ついに三人を書斎へ案内した。

 

書斎は屋敷の二階の奥にあった。

屋敷は『勝納川』を挟んで、

北の誉れの資料館『酒泉館』と、

反対側に位置する。

川に面した少し高台にあるので、

四代目の書斎の窓からの眺めは抜群だった。

 

名刺を探すというのは事実だが、

昨晩さんざん話に上った

「オルゴール箱」も探したが、

簡単には見つからない。

まずは、当初の目的の名刺探しだ。

 

窓辺に位置する大きな机は、

高級木材で作った立派なもので、

机上には、アンティークな照明と、

革張りのマットが有り、

その上には、ノートと万年筆が置かれていた。

名刺入れを探して、引き出しを探ると、

四段ある全てに、大量の地図が入っていた。

 

「どひゃあ~これはかなりの量ですね。

本屋より多い、図書館も顔負けだ。

こんなに集めて、何してたんでしょう?」

と小田が言うと、林が続けて

「よく見ると、〇や△の印が付いているぞ。

これは何か意味が、有るのかもしれない。」

二人の会話を聞いて、唄子ママは

「四代目は何時から、こんなに地図を、

集めていたのかしら?」

と佳代に問いかけた。佳代は

「このお屋敷に移ってきてからですから、

一年前からです。」

 

この答えを聞いて、全員が頷き、

詳しく、地図を調べ始めた。

よく見ると、小樽市内と近郊のもので、

いくつかの地区ごとに分類されている。

しかし、その分量に圧倒され、

「これを全部調べるのは、僕たちだけでは無理ですよ。

今度の土曜日に、探検隊全員でやりましょう。

まずは名刺探しですね。」

 

小田の発言に、反対する者はいなかった。

結局名刺は、出てこなかった。

会社の事務机にでも、入れたのだろう、

ということになり、一旦捜索は諦めた。

 

一同が一番気になっていた「オルゴール箱」も、

この屋敷のどこかに、在る可能性が高いと、思われたが、

これも簡単には見つからず、

午後から警察が来るという電話が入り、

これも諦め、次回に延期することになった。

 

三人は佳代に礼を言い、屋敷を離れたが、

解散するときに、唄子ママは

「何か、チョッと面白くなって来たわね。

今度の土曜日までに、もっと色々調べておいてちょうだい。

薮半さんの会合が終わったら、報告に来てね。」

と言って、また颯爽とオープンカーに乗り、

スカーフをたなびかせながら去って行った。

 

それを見送り、小田と林は

「今回は大ごとになりそうだ。

小樽の隅々まで、わが「コシタン」(腰抜け探検隊)の

謎解き活動が広がりそうだね。」

「今回は、頼りになる小河原さんや、永倉さんもいるし、

予想もしなかった、切り札の唄子ママが特別参戦だ。

やはりこれは面白くなってきたね~」

とのんきな事を言っていた。

今後の大事件への発展も知らずに・・・