令和5年7月3日(月)

私も旦那も結局眠れないまま

朝になってしまった。。。


前の夜遅くに義母が倒れ

救急車で大学病院に運ばれて

一命は取り留めたものの

予断を許さない状態。


義兄から連絡が無いと言うことは

意識不明のまま変わりがないんだろう。

とりあえず息子は小学校へ行かせた。

私達も家にいても何もできない状態だし

義兄から連絡があるまでは

とりあえず仕事をしておこうと言うことで

出勤。。。寝不足でチーン危険。。。


いつもの仕事の山。

必死にこなすが、心ここにあらず。

お義母さんの状態は気になるが

義兄からはまだ電話がない。

電話が鳴って欲しいような

鳴って欲しくないような。。。


お昼前に旦那のスマホが鳴った!

心臓がバクバク。


義兄によると検査の結果、お義母さんは

くも膜下出血

しかもグレード5

最悪の状態。。。


くも膜下出血は出血による

脳損傷の程度により

5段階の重症度グレードに分類されるらしい。


グレード5とは搬入時既に

昏睡状態

瞳孔散大

呼吸停止

に至っている。。。


次、心臓が停止した場合は

延命措置をしない事を

義父と義兄は了承せざるを得なかったショボーン


義父と義兄と付き添いを交代するため

私達は会社を午前中で早退。

病院へ着くと

看護師さんの指示の元

lCUにいるお義母さんのもとへ。


ドラマで見たことのある風景。

生体情報モニターが並ぶICU。

現実感がない。


お義母さんは身体中に管が入った状態で

血の気の引いた真っ白な顔をして

ベッドに横たわっていた。

生きているというか、

なんとか生かされている感じ。。。


「お義母さん!」


涙が止まらなかった。

これ以上言葉が出ない。

こんな状態になっても

奇跡が起こってほしい!!と、

願わずにいられなかった。


看護士さんから

「耳は聞こえてますからね。

 話しかけてあげてください。」

と言われる。

旦那が

「おい、〇〇(息子)が待ってるよ。」

 と声をかけ、

私が

「お義母さん。

 挿し木したミニバラも根が生えてきたよ。

 また見に来てくれないと困るから。」

と声をかけた。

すると、

お義母さんの心拍数が

少しだけ上がった!

聞こえてるのかな。


コロナ禍で念入りなアルコール消毒後

少人数、短時間しか面会が許されない。

お義母さんの手を握って、頬をさわって

「また来るよ。」

と言ってICUを出た。


ICUを出ると県外に住んでいる

旦那の姉の姿が見えた。

「お義姉さん!」

抱きついて泣いた。


この大学病院は

家族待合室という部屋があって

そこで寝泊まり出来るようになっていた。

コロナ禍のため通常の面会は

週2回、2名まで に制限されていたが

いつ何があってもおかしくない状態の

患者の家族は家族待合室で待機。

面会も2人ずつ短時間で看護士の許可が

出る時間帯にお願いすれば出来る状態だった。

急変すればICUから電話が入るとのこと。

嫌な待ち時間。

亡くなるのを待ってるみたいだ。


家族待合室でみんなため息をついて

下をむいて言葉も出なかった。


そんな中、今まで自分勝手で

散々お義母さんを困らせまくり

何をするにもお義母さんを

けなしてばかりいた義父が

お義母さんについて話出した。

「あいつはすごいやつだった」

「子供も孫も一人残らず

 みんなのことを

 いつも気にかけていた」

「あんなやつはいない」


はぁぁぁぁぁはてなマークはてなマークはてなマーク

どの口がそんな事をいうかムキー

っていうか

まだ亡くなってないからなムキー

過去形の言い方、許さんムキー


今までお義母さんの事を

「お前はバカだ」

「何もわかってない」

と、けなしてばかりだったくせに!

今更なにムキー?!


昔ながらのガンコ親父で弁が立つから

反論すると面倒な事になることは

そこにいる家族全員、百も承知真顔

みんな無言で下を向いたまま。。。


しかもコレ←小指立ってますの事も

コソコソやってたかと思えば

相手が病気で介護が必要になったら

一人で抱えきれず、こともあろうか

お義母さんに相談をするという

頭おかしい何を考えてるかわからない

バカ義父!

その度にお義母さんは

「そんな話を私にしてくるって

 どういう感覚だと思う?」

「お父さんは私の事を

 一度も褒めてくれた事がない」

「私の事をバカだと思ってる」

「もう夫婦だと思ってない。

 同居人だと思う事にした」

と、我が家に来るたび辛い思いを

私達夫婦に吐き出していて、

その度に私達は

「もう離婚して我が家に来てよ!」

と言っていた。

だが、そんな事をいいながらも

時間が経つとお義母さんは

我が家に来ている間にも

「お父さん、ご飯食べたかな?」

「シャツのアイロンがけ大丈夫かな?」

と、義父のことを気にかけるポーン

お義母さんは結局

バカ義父をも見捨てる事なく

自分のことは全て後回しで

子供も孫も義父も含めた

みんなの事を

いつも気にかけていたえーん


それが当たり前に出来る事が

どれだけすごい事なのか

こうなってみて改めて実感した。


私達も甘え過ぎていた。

今度どこかへ連れて行ってあげよう。

そう思いながら、

結局何も恩返し出来ていない。


義父への怒りと

自分たちへの怒り


やり場のないどうしようもない怒りを

どこにぶつけたらいいのか

。。。つらかった。


この日は何事もなく

また夜が更けていった。。。


「くも膜下出血 奇跡」

そんな検索ワードを何度も調べた。


今日こそは寝ないと。

そう思うと

また眠れない。


旦那もまた、同じ。

発作が起きる危険性が

大きくなっていく状況。


どうしたらいいかわからないまま

夜が明けていった。