さて、先日台風の去った晴れやかな夕刻、筆者はアンサンブル室町公演『東方綺譚 Nouvelles Orientales』を聴くため千駄ヶ谷の津田ホールに出かけてきました。




かねてより、和楽器(和)と古楽器(洋)のコラボをベースとしつつ新たな総合芸術のかたちを模索し続けてきたアンサンブル室町。




今回はマルグリット・ユスナールの短編小説集『東方綺譚 Nouvelles Orientales』を題材としつつ、日仏四名の気鋭の作曲家による委嘱作品(いずれも世界初演)、さらに現代音楽最高峰のヴァイオリニスト、ハエ=スン・カンさんという「スーパーゲスト」をお迎えしての感動的な公演となりました。



また、今回の公演ではフランスバロックのスペシャリストである音楽学の関根敏子先生が司会を務められ、開演前にはフランス文学者の岩切正一郎先生によるユスナールの生涯と小説の魅力、今回題材となった短編の概要を紹介する「プレトーク」も執り行われました。日本ではまだまだ十分に知られているとは言えないユスナールの人となりや『東方綺譚』の魅力が分かり易く紹介され、和やかなムードの中開演を迎えました。




ところで、ユスナールの『東方綺譚』の魅力は何と言っても深い人間洞察と格調高く詩情に溢れた物語性。



東洋への限りない憧憬、そして底知れぬ人間の欲望に注がれた眼差しと現代フランス語による新たな「語り」。




今回の公演でとりわけ筆者が興味深かったのは、そのユスナールの豊かな物語性が日仏4名の作曲家によってそれぞれ全く別の光が当てられていたことです。




たとえば、鈴木純明さんの『ネーレイデスに恋した男』においてはギリシャのある島を舞台としたこの異教的な物語に「和」の視点からの思いがけない光が当てられていました。「ネーレイデス」という神話上の妖精ないし女神の面影に、ブルボン王朝時代の女性作曲家ジャケ=ドゥ・ラ・ゲールの作品の引用が(いわば<和>から<洋>への憧憬として)重ね合わされていたからです。和楽器と古楽器という独自の編成において物語のそれぞれの登場人物の肖像が情緒豊かに丁寧に描かれつつ、バロック舞曲とは異なる異教的な舞踏のリズムと漲る情熱が印象的な作品。非常に真摯に捧げられたユスナールへのオマージュに心洗われるようでした。



他方、ブリューノ・デュコルさんの『ワンフォ、あるいは夢の色彩』においては、作者のユスナールと共に東洋への限りない憧憬と尊敬が込められつつ、非常にドラマティックな音楽が聴かれました。


それもそのはずで、この作品における「主役」は日仏二人の俳優による「語り」。ディディエ・ダブロフスキさんのフランス語と萬浪大輔さんの日本語による交互に語り出される物語、そして二群に分かれたオーケストラの舞台に投げ出される「音」と「声」がドラマを劇的に演出します。興味深かったのは日仏交互に語り出されるにも関わらず、全く一つの「語り」に聴こえていたこと。互いに聴き合う俳優のお二人の卓越した「音楽性」にも驚かされました。


デュコルさんのアイディアの核心にあるのは、小説の神話的、象徴的雰囲気を音楽的に脚色するというよりもむしろ、そこの根底にある根源的な葛藤や対立を露わにすることであり、朗読と音楽ならではの劇的な表現によってあたかも悲劇を観るように聴衆を舞台に釘づけにしてしまうことにあると筆者には感じられました。



北爪祐道さんの『浮世の絵師』においては、ハエ=スン・カンさんの美しいヴァイオリンが「神」(というよりも「女神」)のように縦横無尽に二郡のオーケストラをリードしていきます。北爪さんのアプローチはよりシンプルにユスナールの世界観を整理しつつ、核心的なメッセージが音楽的に表現されていました。ノイズと恣意的に変化するリズム等によって象徴される現実とカオス、純音と秩序立てられたリズム等によって象徴される理想とコスモス。それらが互いに干渉し合いせめぎ合いながら、ヴァイオリンの導きによって一つの音楽へと収斂してゆく情景は甘美であり、また力強くもありました。



エディット・ルジェさんの『風景の秘密』では、ハエ=スン・カンさんのモダン楽器の卓越した「ソロ」と和楽器と古楽器によるオーケストラの「アンサンブルの妙」が最高に美しかったです。


まず、ヴァイオリンのソロの可能性が十二分に引き出されつつも、オーケストラの各パートが驚くほど良く響き、その意味も独創的かつ明快であったことに驚かされました。一例にすぎませんが、たとえばモダン楽器のヴァイオリンのソロと古楽器のヴァイオリンの「二重奏」の部分などは、常識的に考えると音色の面でも音量の面においても「ミスマッチ」となってしまうように思われますが、楽器の特性が見事に引き出され凛としたモダン楽器の美しさと、古楽器ならではの陰影が絶妙なコントラストとハーモニーを創り出していました。


ハエ=スン・カンさんの限りなく美しいヴァイオリンが天に向かって飛翔し溶け込んでいくような終わり方もとても印象的で会場のお客様もみなうっとりと聴き入っておられたようでした。



そもそも、和楽器と古楽器の時空を超えたコラボというアンサンブル室町の世界と、『東方綺譚』の詩的な世界観は非常に親和性が高いと言えます。



そこに日仏4名の素晴らしい作曲家によって凝らされた意匠、新たに投げかけられた光。



そしてハエ=スン・カンさんというこれ以上望めないソリストによって添えられた華。



思いがけない音楽ドラマが展開され、感激と共に巡る思いは尽きることがありませんでした♪




もっと書くべきこと、書きたいことは尽きませんが、今回の公演の魅力のすべてを詳細にペンで描くというのももとより出来ないことですので、筆者による駄弁もこのくらいにしたほうがよいのかもしれません。




新たなアート体験とそれを多くの方と分かち合う人間的な共感に溢れた素晴らしい公演でした。アンサンブル室町の次回公演「スペシャルゲストシリーズ」今から本当に楽しみです☆







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