昨年指揮者のパーヴォ・ヤルヴィが振り話題となった悲運の作曲家ハンス・ロット(1858-1884)。彼はブルックナーにその才能を認められ、2歳年下のマーラーに多大な影響を与えたにもかかわらず、精神を患い25歳でその短い生涯を閉じました。




 しかしながら、改めて彼の交響曲第一番を聴いてみると、その天才は一目瞭然。その存在が明るみにされた現在、このただ一曲だけで彼は音楽史上に燦然と輝くことになるのは確実と言わなければならないでしょう。



昨年の再評価において「ブルックナーとマーラーを繋ぐミッシングリング」とも評されましたが、実際に聴いてみるとブルックナーよりはマーラーに近い、という印象。



近いも何も、2楽章にははっきりとマーラーの復活のモチーフが聴こえてきますし、3楽章のスケルツォは明らかに1番巨人のそれと同じモチーフ。長大なフィナーレは5番のそれを明らかに連想させます。大体マーラーの5番までのすべての交響曲の基本的なモチーフがロットに多くを負っていることは明らかです。



これを考えると、マーラーがロットを評価しつつも、その作品を大々的に取り上げたり、直接的に言及することが少なかった理由がわかります。あまりにも似過ぎているので、盗作ではないかという非難さえ生じかねないからです。



しかし、より精神的なレヴェルから観るなら、ロットの天才はマーラーを単に準備するに過ぎないものでは決してなく、他の誰にもない圧倒的な独創性を備えていることがわかります。マーラー自身、おそらくそのことを分かったうえで、自らの芸術を彼の圧倒的な影響下に置かざるを得なかった、というのが真相でしょう。要するに、ロットとマーラーは前者が後者に対して圧倒的な影響関係にありつつ、マーラーはそこを出発点としながら自身のユダヤ的ルーツや壮大な構想において自身の独自性を発見して行ったということです。



 それでは、ロットの独自性とは何でしょうか。それは彼の音楽史的な功績ともいえると思いますが、彼の灼熱の情熱が交響曲という一つの形式に全く新たな一つの意味を与えた点にあると言えるでしょう。


それまでの交響曲、たとえばベートーヴェンやブラームス、ブルックナーの交響曲においてはいずれも交響曲という一つのスタイルが持つ堅固な構造が偉大な音楽上の成果をもたらすと信じられていたように思われます。


しかし、ロットにおいては交響曲の持つ純粋に形式的な論理性がけが表現における壮大さや崇高さといった諸々の成果をもたらすと考えられているわけでは必ずしもなく、交響曲という形式の持つ意味が遥かに拡張されて捉えられていると考えられます。それはとりわけ2楽章において突然鳴り響く不協和音や、方向性を明確にしないまま延々と拡張してゆくフィナーレにおいて顕著に表れています。


これをロットが意図していたのかどうかはともかくしても、ロットはこれによって交響曲という一つの形式により広大な表現の可能性を見出したと言ってよいででしょう。つまり、ロットにおいては彼の複雑な対位法的関心や狂気じみた錯乱のテクスチュア、より深淵な効果をもたらす不協和音に一貫した論理性を与えるものこそが交響曲の意味だった、というわけです。



このラディカルな意味の逆転において彼はロゴスよりもパトスを優先させたと言ってよく、そこがこの作品のたまらない魅力となっています。そして、このことがマーラーに決定的な刺激をもたらしたことは想像に難くありません。



 この交響曲には創造への無限の憧憬が込められており、その止むぬやまれぬ情熱を形にできる唯一の形式こそがロットにとっての交響曲であったのではないでしょうか。彼の交響曲にはそうしたもっとも芸術に対する純真無垢で、危険なまでに一途な崇拝が感じられます。



この彼の傷つきやすい一途さは、彼の燃え上がる灼熱の魂を長く地上に留めておくことはできませんでした。一躍この曲で楽壇に躍り出ようとした彼は、ブラームスの酷評を買い、精神を病んでしまいます。



ちなみに、この交響曲のフィナーレはブラームスの交響曲第一番と非常によく似たテーマが採用されています。つまり、これはロットのブラームスに対するオマージュだったわけです。



すべてを愛したその愛ゆえに、その地上の生命においては敗れることになってしまったロット。しかし、彼の魂がこの作品において燦然と輝いている以上、彼の魂は今も灼熱の太陽のごとく燃え上がっているように筆者には思えてなりません。




数ある録音の中ではとにかく昨年リリースされたヤルヴィ版がお勧め♪ 絶対一度は聞いてくださいね!


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