(♪T.Takemitsu : "A String around Autumn" (arranged for viola and piano by Toshio Hosokawa)本日の演奏は管弦楽伴奏によるオリジナル版♪)



 今日は雛祭りですね。筆者にとってもとりわけ今日は忘れられない想い出の一日となりました。東京オペラシティ・タケミツメモリアルにて開催された<今井信子「憧れ」~70歳記念ヴィオラ協奏曲コンサート>を聴くことが出来たからです。今井さんは今月の3月18日で70歳を迎えられるとのことで、今日は一足早くバースデーも兼ねたメモリアルコンサート。皇太子さまもご臨席され、音楽界に留まらない幅広い年代層のお客様によって会場は開演前から大いに賑わっていました。


 モーツァルト、バルトークに武満とヴィオラのために書かれた最高傑作によって構成された文句なしのプログラム。最初に演奏されたのがモーツァルトのヴァイオリンとヴィオラのための協奏交響曲変ホ長調K.364です。

ヴァイオリンのソロを務められたのはロシアの俊英ダニエル・アウストリッヒさん。今井さんがヴィオラを務めるミケランジェロ弦楽四重奏団のメンバーでもあり、今井さんに対する深い尊敬や気心の知れた親密なパートナーシップが演奏からもよく伝わってきました。第一人者である今井さんに劣らない(とりわけ高音のフレーズにおいて特徴的な)エレガンス。さすが今井さんとの音色においても、呼吸においても相性は抜群でした。

華やかに上昇するヴァイオリンに対して、今井さんのヴィオラはヴァイオリンに劣らない華やかさと優雅さを備えつつも、時折静かに滋味深い世界を覗かせます。今井さんが俄かにオーケストラに対して楽器を向けられる瞬間がまさにそれで、ホールの空間に一瞬揺らぎが生じるかのような魅惑的な体験が胸を打ちます。モーツァルトがこの作品に対して彫築した豊かな表現の可能性が縦横無尽に描き出され、とりわけ、ハ短調に転じる第二楽章の優雅さと深い陰影はこの編成、このお二人によってしか到達することができないと思われるほどの出来栄えでした。


 続くバルトークのヴィオラ協奏曲Sz120はこの大家の絶筆(草稿段階で作曲者が他界、シェルイによって補筆完成)であり、コンチェルトの最高峰の一つ。ハンガリーの民族的なリズム感や荒々しさとヴィオラならではの引き締まったスタイリッシュな響き。宗教的な瞑想や祈りにも似た明朗な旋律と懐の深い幽玄な音色。技巧的にも頂点を臨みながら極めて内面的な作品の世界が余すところなく引き出されます。

今井さんの演奏に接して筆者がにとりわけ感銘を受けたのは、ヴィオラという楽器の特性を極めた立体感と音色の多彩さです。ヴァイオリンにおける高音を駆け上る華やかな技巧性やチェロのしっかりと構えた低弦の底深さの中間にあって、ヴィオラは時折楽器の立ち位置を寛容に変えることを許されながら豊かな空間性を演出することができる、ということ。そして、丁度人生の深い味わいが刹那的ではあり得ないように、音色の陰影をより深く描き出すことができる、ということ。今井さんによってヴィオラの地位もまた世界的なものとなったと言われる所以が分かります。


 約20分の休憩を挟んで、後半の冒頭に演奏されたのはラフの管弦楽編曲版によるバッハのシャコンヌでした。シャコンヌの管弦楽版というとストコフスキの劇的で個性的な編曲が印象深いですが、今日はラフ版による演奏。木管楽器の豊かな響きから、チェロ、ヴィオラ、ヴァイオリンがポリフォニックに連なりながら主題を奏で、爽やかに駆け抜けるような変奏。中間部のニ長調は一転して弦楽器の豊かな合奏から管楽器や打楽器が祝祭の和声とリズムを解き放ちます。ラフが施した原曲にはないオリジナルな旋律をチェロが雄弁にもの語り対位法的な絡み合いを見せながら導かれる大管弦楽のクライマックス。下野竜也さん指揮による東京都交響楽団も明快でラフ版の魅力を引き出し、会場のムードを大い盛り上げます。


 そして、記念すべきコンサートのフィナーレを飾ったのは、武満徹のヴィオラとオーケストラのためのア・ストリング・アラウンド・オータム A String around Autumn。この作品は文字通り今井信子さんのために書かれ、今井さんによって初演された作品。本日のプログラムによって聴くと、この作品の美しさが一層際立ちます。構成においても、響きの豊かさにおいても比類ない独創性を持つ傑作中の傑作。時折オーケストラの現代的で峻厳な響きが覗かせる深淵からまるで蓮の花のようにヴィオラの美しい音色が会場一面に響き渡り、極楽浄土の香しさがほのかに香ってくるかのようでした。


 鳴りやまない拍手とブラヴォーの嵐。演奏後のスピーチによれば、今井さんにとっても今日の佳き日にタケミツメモリアルで(とりわけア・ストリング・アラウンド・オータムを)演奏できることは無上の幸福であったとのこと。会場では今井さんのバースデーを記念してケーキのサプライズもあり、観客が一体となってバースデーソングを今井さんに贈りました。アンコールは弦楽四重奏伴奏版によるブルッフのロマンス作品85。表情豊かに歌い上げられるロマンティックな調べはあまりにも甘美で、会場も今井さんの奏でる弦の響きにうっとりと聴き入っていました。



(小澤征爾さんとの<ア・ストリング・アラウンド・オータム>のコーダ部分(武満徹さんの挨拶有))


 
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