走ることの その先 | つれづれなるままに、シルビア。
適当なことを頭の中で整理もせず最低な文章で綴り
こうして長い間どうどすかブログを続けてこられたのも
日本全国のマニアックなミナサマのおかげであります!

この場をお借りして、改めて深く深くディープパープルの如く
御礼申し上げる次第でございます!!


いきなりどうしたのかと驚かれた方も数人おられることでしょう。

少し、イヤ結構前、こんな適当な私に相談をされた
恐らくまだ若いマニアックさんがおられました。

私に物事を相談する時点で人生すでに間違った方向・・
と言ってしまうと身もフタもナッシングでございますのでw
ここはいっちょ! マジメにお答えいたしたいと思います。


珍しくクソ真面目に書いてみます。

スワッピングや下朝鮮のスタッドレスタイヤにしか興味のない方は
どうぞスルーくださいますよう、お願い申し上げますw







相談されたこととは・・
走る意味、走りを続けるべきか否か、ということ。

ここで言う “ 走り ” とは
健全なモータースポーツや昼間のサーキット走行会のことではなく
いわゆるイリーガルな “ 走り ” のことです。

お決まりの 「 サーキットで安全にみんなで楽しく走ろう 」
などとクソツマンナイことを言うつもりはありません。
誰が何と言おうが走り屋の原点はストリート、イリーガルにあるのです。

私はむしろ、サーキットで速いのに山を走ったこともない
レーサーでもガキの頃からカートのみという人が多いことに驚いています。

走ることに理由など必要ありません。

クルマが好きだから、スピードが好きだから。
ちょっとトバしてみたい、トバしてみようかな。
コーナーをギュン! と曲がったっけキモチイイ!!

そんな理由で充分だと思います。

お気に入りのコースを見つけ通っていると、同じような人種に出会います。
同じ趣味趣向を持つ人同士、話も合いますよね。
仲間が出来れば走りに行くのも楽しくなります。
職場でクルマの話ができる人、いないでしょう。 私もそうでした。

知らないクルマとバトルにもなりますよね。
勝った負けたをストリートで言うのはナンセンスという人もいますが
確かに勝ち負けは存在します。
勝てば嬉しいし、負ければ悔しい。
そうやってドンドンのめり込んでいくのですね。


ここまではイイのです。 問題は、その先。

イリーガルな走りを続けていれば、上達していくにつれ
スピードが上がるにつれ、当然危ない経験もします。

事故もつきもの。
お金も時間もかかります。

それだけならばまだマシ。
一番大切な命すら失うこともあります。

私は運良く死なずに済みましたが、知り合ってすぐの人
全然知らない通りすがりの人、同じ組合の仲間・・
色々な人の最悪の結果を経験しました。


知り合ってすぐの人。
初めての経験で、ものすごくショッキングでした。

ある日いつものようにコースへ。
とあるコーナーに先輩方が集まっています。
なしたんですかと尋ねると


「 ●●くん、昨日ココで事故って死んじゃった 」


何となくそういうこともあるのだろうとは思っていましたが
まさか自分のすぐ近くで起こるとは ・・ 言葉が出ませんでした。

一年後、その人の彼女がこう言っていました。


「 みなさんは死なないでくださいね 」


全然知らない通りすがりの人。
先輩の後ろをついて走っていました。 ソコソコ走られるようになった頃。

前方に一台の普通のセダン。 若者フル乗車。
ストレートでスパッとオーバーテイク。

ゴールして転回。 もう一本。
とあるコーナーの電柱にそのセダンが刺さっていました。
電柱は助手席側から車体にめり込み、運転席まで到達。
後部座席に挟まれていた人が大声で叫んでいます。


「 おい! おおい!! 起きれってええ!!! 」


運転席と助手席のふたりはピクリとも動きませんでした。


同じ組合の仲間。
その日は珍しく走りに行かず、家にいました。
夜中、仲間からメールが届いていました。


「 ●●くん、事故。 かなり危険な状態 」


翌日仕事を抜け出し、彼が運ばれた病院に行くと、何人かの仲間が。
今! まさに今! 亡くなったと!!

病室に入れていただきました。
お友達が泣き叫んでいる中、私は遠巻きに寝ている彼を見ていました。

お母さんが優しい笑顔で、寝ている彼の体をさすっていました。


スピードを出して山道を攻める以上、そういうこともあるのです。

それを分かった上で、自分はそうならないと思うならば走ればイイし
怖いと思うならばやめた方がイイ。

怖いと思った時が辞め時だと思います。

私も何度も事故を経験しましたが、辞めようとは思いませんでした。
次はどんなマシンにしようか、どう直そうか。

初めて事故った時。首の骨にヒビが入る大怪我。 二ヶ月半の入院。
今でも寒くなると首から後頭部がズキズキと病んできます。
それでも辞めようとは少しも思いませんでした。

その後も小さな事故はありましたが、走りへのテンションは上がるばかり。


昨年6月末。 みなさまもご存知ですよね。
ふふわキロからのフルブレーキング ・・ 障害物に激突!!


「 お!? 生きてるっ!! 」


とっさに口から出たのがこの言葉。マジです。

ケガは額をほんの少し、9針縫うくらいで済みました。
でも、走りの心がポッキリと折れてしまいました。
今まで散々走ってきたのに、急に物凄く恐ろしくなったのです。
“ 死の恐怖 ” を実感したというと、少々大袈裟かも知れませんが・・

迷いはありませんでした。


「 もう、走り屋はやめよう 」


イチサンくんの亡骸、ここでもみなさんに見ていただきました。
あれを見ると ・・ 本当によく生きていたと思います。
いや 「 運良く死なずに済んだ 」 という表現がピッタリ。

その前から何となく、走ることが怖く感じていました。
実際に走れば楽しいし、仲間と過ごす時間も楽しい。
でも、走る前は吐きそうになるほど怖い。
でもしかし、今さら辞められないという不思議な感情。

その迷いの結果が あの事故。






お金も時間も失いましたが、命は助かりました。

誰かを怪我させることもなかったのは、本当にラッキーでした。




まるで走りを辞めた方がよいと言っているような文章ですが
決して! そんなことはありません。

機会があるのなら、山を走ってみるのはよいことだと思います。
ただし、中途半端にお散歩するのではなく
ガッツリと気合を入れて走ることに意味があると思います。

世の中、ヘタッピドライバーが溢れていますよね。
スピードを出すべきところで出せない、ブレーキングも適当。
周りをよく見ずトリッキーな動き。

少なくとも本気で走っている、走っていた人は
そんな運転はしないように思います。

山を走ることで運転が上手になるのは事実。
サーキットを走れば、もっと短時間でもっと上手くなるのですが・・


コースを走ると、常連ランナーの速さに度肝を抜かれると思います。
尋常でないほどのスピード。
「 おかしいんでないのか 」 と思うことでしょう。
まあ、走り屋なんて現役時代の私も含め
基本的にかなり頭のイカレタヤツらですからね。

無理をして最初からイカレタヤツらについていこうと思うのは無謀。
まずはストレートをアクセル全開で走られるようになること。
コーナーはブレーキングに余裕を持って。
慣れてきたら、少しだけブレーキを弱くしてコーナリングスピードを上げてみる。

また慣れてきたら、今度はブレーキングポイントを少しだけ奥に。
短時間で同じスピードまで減速できるように。
コーナリング中も少しずつアクセルを開けられるように。
コーナリングスピードが上がれば、その次のストレートもスピードが上がります。

ラインも最初は車線内で。
慣れてきたら、進入時タイヤ一本分だけマシンをアウトに振ってみる。
また慣れてきたら、もう一本分・・・
出口で割ってしまったら、それはオーバースピード。 やり直し。

こういうことを繰り返していれば、少しずつペースが上がってきます。
何回も何回も走れば、少しずつ常連ランナーのテールが見える ・・ かな?

ポイントは “ 少しずつ ” です。




クルマの運転には 【 死 】 というリスクがつきまといます。

それは何も走り屋だけではなく、一般ドライバーもすべて。
走り屋は、そのリスクが一般人の何倍も何倍も高い、ということです。

それを分かった上で、無理をせず少しずつ少しずつ、長く走ればよいと思います。


走りとは、なんまらハイリスク。
リターンは ・・ 運転技術の上達、仲間との出会い ・・ でしょうか。

走り続けるべきか否かと問われれば


「 走りたいなら走ればいい 」
「 辞めたいなら辞めればいい 」


と私は答えます。

突き放したような回答ですが、結局自分で決めるしかないのです。
私が伝えられることは、自分が経験したリスクくらい。

若者には 「 誰々が言ったから・・ 」 と逃げを作らず
自分の行動は自分で決める主体性を持って欲しいですね。

そして、一旦走ると決めたらば余計なことは考えず
ただひたすらガソリンを焚いて走りまくって欲しいものです。

迷うことは、上達の証とも思います。
迷って迷って、それでも走りたければ走ればいいし
辞めようと思えば辞めればいいのではないでしょうか!





「 走ることの その先 」 には、いったい何があるのでしょうかね。