楽しさ と リスク | つれづれなるままに、シルビア。
先日、お散歩で久しぶりに某サーキットを通りました。

つれづれなるままに、シルビア。

やっぱりここは、私にとって特別な場所。
その辺の道をドライブしているのとは、気持ちが全然違います。


思えば ・・ まだ 21才 の ガキンチョの頃。
初めてここを走りました。
真っ暗で先の分からない道。 荒れてガタガタの路面。
どのくらいスピードを出していいものなのか
走り屋というものは本当に存在しているのか、不安いっぱいでした。

数回通って、初めて “ ソレ ” と分かるクルマに出会いました。
ミラーにピカッとライトが見えたと思ったら
いつの間にか すぐ後ろに。
道を譲ったらば、2車線を めいっぱい使ってコーナリング。
あっという間に視界から消えてしまいました。

それが初めての出会い。 確かに走り屋は存在していました。

それから ・・ 時間があれば通いました。
たくさんの仲間、先輩と知り合いました。
何回も事故を起こしましたが、それでも走りました。
“ 辞める ” という選択肢はありませんでした。 本当に楽しかった。


つれづれなるままに、シルビア。


見ず知らずの人の事故もたくさん目撃しました。
燃えているクルマも見ました。
追いかけていた相手が目の前で電柱に突っ込んだことも。

知らない誰かの死亡事故も目撃しましたし
大切な仲間を失ったこともありました。

それでも、辞めようとは微塵も思いませんでした。

とにかく、走りが楽しくてしょうがありませんでした。


それがいつの頃からか、何かがズレてきたのです。
何が違うのか未だに分かりません。

ひとりで走るのも楽しいし、仲間と走るのも楽しい。
でも、何かが違うのです。 そんな違和感をいつも抱いていました。
腕の未熟さによる限界を感じ取っていたのかも知れません。

「 このまま走っていたら 確実に死ぬ 」 そう本気で思いました。

でも、辞められない。 何故かは分かりません。

でも、違う。 何が違うのかは分かりません。


そんな時の、あの アクシデント。

愛するイチサンを失ったのは無念でしたが
一年近く経って冷静に考えれば、ボディは腐って穴が開き
エンジンは凄い勢いでオイルを食い続ける。
もはや限界、悲鳴をあげていたのかもしれません。

「 アリアケ、そろそろヤメてくれよ 」 と ・・・

メンテ代や消耗品代が家計を圧迫していたことも事実です。




良いキッカケ。 何が良いのか分かりませんが
そう考えることで心の整理がつきそうです。

未だに街でイチサンを見ると目で追ってしまいますし
仕事をしていても 外から SR ターボ の 音が聴こえれば反応します。

「 好きで手放した訳じゃねーんだ !! 」

ラムちゃんに そう声を荒げたこともありました。


それでも、良いキッカケ。 そう考えましょう。

今は今で充分楽しいし、雰囲気やカッコ重視の改造も悪くない。
夜中に走りに行くより、日中ドライブに行きたい。
本気でそう思えるように ・・ なってきたかな ?

NA の カン高いサウンドは最高ですが、ターボの低い音も好き。
自然な加速フィールも扱いやすいけど
やっぱり脳が揺さぶられる加速が忘れられない。

イチゴくんの大人な内装も ( 質感という意味ではなく ) イイが
やっぱり ドンガラ & ロールケージ も 捨てがたい ・・


それでも、良いキッカケなのです !


つれづれなるままに、シルビア。


ほんのちょっと、全開時の半分にも満たないスピードで
たったひとつのコーナーを走っただけで
もの凄くテンションが上がるのを感じました。

今までであれば、これで復活していたでしょう。

また、夜な夜な走りに行っていたでしょう。


でも、もう走りません ! 決めたのです !


「 でも 」 というワードを多用するということは、迷っている証拠。

“ でも ”、限界走りはしないし、夜中に走りにも行きません。

あれだけ楽しかった走りですが、何かがズレたままなのです。
仲間との感覚、考え方の相違 ? 無いとは言い切れません。


「 楽しさ 」 と 「 リスク 」。 天秤にかけたらば、リスクの方が重い。


たった一回普通に往復しただけで、色々考えささりました。

やっぱり某サーキットは、私にとって特別な場所のようですね。