毎日少しずつ易経を読んでいます。

 

 

「悔(かい)吝(りん)を憂うるものは
介に存し
震(うご)きて咎(とが)なきものは
悔に存す。」
 
「吉凶悔吝」の吉は得る、凶は失う、 
悔は後悔する、
吝は吝嗇(りんしょく)・けちる・
厭(いや)がる。
「吉凶悔吝」は人の心と行動の巡り合わせを表す。
 
つまり、人は過ちを後悔して吉になり、
吉になると油断して
驕りや慢心が起こって吝嗇になり、
過(あやま)ちを改めることを
ぐずぐずと厭がり、凶になる。
凶になって、そこでまた後悔するのである。
 
吉凶の分かれ目は「悔・吝」にある。
恐れ震(ふる)えて咎めがないのが
「悔」である。
 
また、凶になる兆しが「吝」であり、
凶が吉になる兆しが「悔」である。
「震きて」とは、「凶」という事実と、
そこに至った厚かましいほどの
吝嗇に恐れ震えること。
 
吝嗇を重ねると、人は善悪の感受性を失い、
不正を働いても「何が悪い」というほどになる。
 
震えは感受性の回復である。
恐れてブルブルと震えなければ、
後悔の念は湧かない。
後悔して身を改めて吉に向かうのである。
 
また、トラブルの原因を洞察する者は、
恐れ震えるほどに後悔して、
流れを吉に変えることができる。
 
​『易経一日一言』(致知出版社)竹村亞希子編より
 
#易経
#竹村亞希子易経
#時の変化の法則の書
 
慢心せず
常に謙虚に
行動しますね。
 
それでは、また。(^_-)

 

本書は、人間の根源的な

「所有欲(モノを自分のものにしたい欲望)」

がどこから生まれ、

なぜ私たちを強く支配するのかを、

心理学・進化論・社会学など多角的に解き明かした一冊です。

 

結論として、人は単に物の機能を求めているのではなく、

「所有すること自体」

価値を感じている存在だと示されます。

 

まず著者は、所有は人間特有の概念であり、

動物の「占有」とは異なると説明します。

 

例えば、子ども「これは自分のもの」

と強く主張する行動は幼少期から見られ、

所有感覚が生得的に備わっていることを示しています。

 

これは進化の過程で、資源を確保し生存するため

発達したと考えられます。

 

次に重要なのが、

「所有は自己の延長である」という点です。

 

人は所有物を通じて自分のアイデンティティや

社会的地位を表現します。

 

例えば、高級車やブランド品を持つことで

「成功している自分」

を示そうとする行動が挙げられます。

 

また、思い出の品を捨てられないのも、

それが単なる物ではなく

「自分の一部」だからです。

 

さらに本書は、

「人は物を持っても幸福にはなれない」

という逆説を指摘します。

 

私たちは「これを手に入れれば幸せになれる」

と期待しますが、その満足感は一時的で、

すぐに次の欲望が生まれます。

 

例えば、新しいスマートフォンを購入した直後は

満足しても、すぐに次のモデルが欲しくなる現象です。

 

これは心理学「欲求の錯覚」と呼ばれ、

消費社会を支える構造でもあります。

 

また、所有欲は個人レベルにとどまらず、

社会問題にもつながります。

 

領土争い格差、環境破壊なども、

根底には「自分のものを増やしたい」

という欲望があります。

 

本書では、所有が競争や対立を生み出す

側面にも警鐘を鳴らしています。

 

そのうえで著者は、

よりよく生きるためには

「所有にとらわれすぎないこと」

が重要だと説きます。

 

具体的には、物よりも経験

人間関係に価値を置くこと、

分かち合う文化を育てること

が提案されています。

 

総じて本書は、「なぜ人は欲しがるのか」

という問いを通じて、

人間の本質と現代社会の消費構造

鋭く浮き彫りにしています。

 

所有欲を理解することは、

無駄な競争や過剰消費から距離を置き

より豊かな人生を選ぶための

重要な視点であるといえます。

 
よくわかりました。
 
ブランド品が好きな妻にも
よく言っておきます。
(耳を貸さないと思いますが。(^^;)
 
よりよく生きるために
物ではなく、
最後の経験と人間関係に
より多くの時間とお金を
費やしたいと思います。
 
それでは、また。(^_-)

現代社会では、効率や利益が優先される一方で、

人間関係や心の豊かさを失いがちな経営が増えています。

 

そうした時代だからこそ、

日本古来の「感謝」と「祈り」の精神

が改めて注目されています。

 

 

神社仏閣で手を合わせる行為は、

単なる習慣ではなく、

自分を超えた存在や自然、

周囲の人々への感謝を通じて、

己を見つめ直し、

調和を願う大切な行為です。

 

日本文化には、

「おかげさま」

「いただきます」

「ありがとう」

といった言葉に象徴されるように、

感謝の哲学が深く根づいています。

 

私たちの生活は、多くの人や自然の恵み

に支えられて成り立っており、

その“ありがたさ”に気づくこと

が感謝の本質です。

 

また、祈りとは願望成就のためだけではなく、

今あるすべてへの敬意を持ち、

心を静める行為でもあります。

 

こうした思想は、すべてがつながり合う

という仏教の「縁起」の教えにも通じています。

 

明治時代の実業家・渋沢栄一は、

「道徳経済合一説」を唱え、

利益追求だけではなく、

誠実さや道徳心を重視しました。

 

信用こそ経済の基盤であり、

人格ある経営が社会を支えるという考え方は、

現代にも通じる重要な教訓です。

 

また、古代ギリシャのヘルメス神に由来する

貨幣や貿易の思想も、

「信用」によって成り立っています。

 

日本の老舗百貨店が屋上に神社を祀り、

商売繁盛と感謝を祈る文化は、

その象徴と言えるでしょう。

 

さらに、日本を代表する実業家たちには、

自らの利益だけでなく社会全体への貢献を重視する

「利他の精神」

が共通していました。

 

企業は利益だけを追求する存在ではなく、

社会を豊かにするための公器であり、

経済活動は人格形成とも深く結びついています。

 

日々の生活の中で感謝と反省を実践し、

目に見えないものへの敬意を忘れずに生きることが、

人としての成長につながります。

 

経済至上主義の限界が指摘される今こそ、

「感謝と祈り」

を土台にした“心の経済学”が求められています。

 

神社仏閣で手を合わせる静かな時間は、

自分自身と向き合い、

本来の心を取り戻す機会となり、

その気づきが人生や経営を

より豊かな方向へ導いていくのです。

 

それでは、また。(^_-)