土曜参観日
通常学級で
道徳の授業を受けてくれました。
(1回情緒学級に戻ってしまいましたが
もう1回トライしてくれました)
◆あいちゃんが足が遅くて
1位になれないので
誰もペアになりたがらない。
でも結果アドバイスをもらったり
一緒に練習して
最後は1位になれた
お母さんにお礼を言われたけど
私はあいちゃんのおかげで
1位を取れたと思う
という学びがあった。
という話でした。
昨今いじめや差別等がある中で
思い込みは良くないので
様々な人と関わり
色々な世界を広げてみよう
的な道徳だったのかなと思うのですが
皆発表する中で
「なぜあいちゃんとペアに
なりたくないと思ったのか」
という議題に対し
・1位になれないから
・あまり話したことがないから
ここまでは教科書に書いてある
主人公の気持ちと
事実と一致してます。
ここから。
・あいちゃんが悪いことをしたから
・あいちゃんの性格が悪いから
まったく事実と異なる
推測が発表されました![]()
つまり誰も組みたがらない
=そういうことなんじゃない?
という子供の世界にある思い込み。
推測があたかも
「事実のように」語られる
恐ろしさ
みたいなものを感じてしまいました
考えすぎかもしれませんが
そういう思い込みが
世界の差別の根幹なのかもしれない
つまりはその世界を
広げてあげるキッカケがないと
子供の世界は固まってしまうのかも
私が無知なのかもしれませんが
結構衝撃でした
かたちのない
移ろいゆく世界
