朝言われたこと。
付き添い登校の際
Qooって勉強してるの?
いつも裸足で遊んでるよ
と、友達から指摘されてしまいました
(本人曰く)
→してるよ。
→してるよ。
(私)
→うーん。。。
あんまりしてないかなぁ。。。
→うーん。。。
あんまりしてないかなぁ。。。
(本音出ちゃった)
でも宿題はしてるよ!
(一応フォローのつもりだけど)
でも宿題はしてるよ!
(一応フォローのつもりだけど)
うううう。。。。
やっぱり子供達の間で
疑問になってるよね
疑問になってるよね
そうだよね。。。
と思って
まぁ。うん。
そうだよね。。。と
思いながら
学校の入口まで
付き添い登校したら
今度は同じクラスの子から
Qooちゃん勉強したほうがいいよ
→おっしゃるとおりです
宿題とかやってるの?
→朝から2回目
お母さんに
なんでもやってもらってるの?
と言われました。。。
トドメ・・・
わかってるけど
これ通常学級なら
言われ続けるんだろうな
(保育園で経験済)
子供ながらに傷つくよなぁ。。。
子供なりに異分子を
奇異の目で見てしまうのかな
私が学校にいた時も
障害を持った子もいた
障害を持った子もいた
皆冷たかった
でもほかの子と
同じように私は接するようにしてた
同じように私は接するようにしてた
(その頃は支援学級とかなかった気がします
よく考えたことはなかった)
子供ながらに
私自身は差別や嫌うのは
違うのではないかと思った
でも結果
彼は私に付きまとうようになり
彼はそれを恋心と
彼は私に付きまとうようになり
彼はそれを恋心と
勘違いしてしまった
結構大変でした
私の中にも
ポトンと影を落としている
人にとって距離を間違えると
「恋」や「愛」と
すり替わってしまうのではないか
「恋」や「愛」と
すり替わってしまうのではないか
ただの親切であって
私自身を評価したわけではない。
「本当」の「愛」ってなんなんだろう。
それをなんで「好き」と言えるのか
と激しく思ったことがありました
まぁ大人になれば
理由なんて大したことないのかもしれない
きっかけや些細なことで
心の支えになるのかもしれない
ただ求められたことに
同じリターンは返せなかった
距離感なんだ。
難しい
それでもいるだけでも
存在してるだけでも
彼にとっては良かったのかもしれない
無、よりかは。
子供に
「こういうことが困難なんだ」って
言ってわかるのだろうか
言ってわかるのだろうか
「学校は勉強するところ」
「だからやらないのはヘンだ」
うちの情緒学級は
4年生の教室の隣なので
保育園一緒だったお兄ちゃんと
遊んでもらってることが多いようだ
保育園一緒だったお兄ちゃんと
遊んでもらってることが多いようだ
お兄さんたちは
迷惑してないだろうか
迷惑してないだろうか
疎ましくないだろうか
同じ同級生と遊びたいと
思ってないだろうか
学校って勉強することだけど
他の多くのことを
他の多くのことを
学ぶ場だったのだと
気が付いたのは
気が付いたのは
大人になってからだ
勉強より大事なこともある
でも勉強はできたほうが武器になる
でも勉強はできたほうが武器になる
アイテムが増える
人と戦ってこの世界生き抜くための。
